>>>12月24日 曇り<<<
よぉ、よぉ、
楽しいクリスマスを、過ごしておるんかぁ?
別に、ケンカを売ってるわけではない。
単に、クリスマスから正月という、華やかな期間は、
何となく、そこはかとなく、愉快な気分になれないだけじゃ。
ふん。
今夜の夕飯は、一人で湯豆腐だった。
夜中は、ど〜せ一人で、明石屋サンタを見るのである。
ふん。
でもまぁ、めでたい奴もおろう。
そいつの頭に、鳥のふんでも落ちることを祈ってやるか。
ってなこと言って、自分に落ちたらヤだな、
「神様ごめんなさい」と、瞬時に反省しちゃう自分が、
ほんとヤだぜ。
くそっ。
ま、いい。
祝いたい奴は、心ゆくまで祝えばいい。
でも俺は、ここ5年ぐらい、「クリスマスの憂鬱」に加え、
「クリスマスの恐怖」に、さいなまれているのである。
というのも、アメリカ人の友人がいるからである。
彼女は、『日頃の感謝』+『君のことが好きだよぉ〜』、
という気持を、どんどん加算して、
ど、ど〜んとプレゼントを、贈ってくれるのである。
それが、けっこう恐い量なのである。
一つ一つは、たいした物ではない。(失礼)
ピングー好きのおいらに、ピングーのタオルとか、ペンとか、
ぬいぐるみとか、チョコとか、消しゴムとか、マグネットとか、
カップとか、髪留めとか(小学生じゃないのよ)。
それと、『デメル・チョコレートが好き!』と言ったのを
ちゃ〜んと憶えてくれていて、わざわざ原宿まで行って、
買って送ってくださるのも、うれしい気持半分、
どうしたものかと、恐縮しちゃうのである。
さらに、どこで、どう勘違いしたのか、
おいらが、ヒョウ柄好き(?)、と思っているらしく、
必ず一つか二つ、ヒョウ柄の小物が入っているのである。
今年は、CDケースと、靴下カバーだった。
ちなみに、去年は、小袋と、ぬいぐるみだった。
小袋は、デジカメに調度よい大きさだったので、
大変重宝しておりますが、ぬいぐるみは押入の中で冬眠中。
その他、かっこいいアメリカのTシャツとか、
(俺は小さいので、子供用がピッタリなのさ、と言ったら、
以後そうなった)、アジアンなアクセサリー・・・etc。
・・・・・・ううむむむ。
プレゼントをいただくのは、確かにうれしい。
しかし、限度というものがある。
何か小さいもの一つ、というのが、小柄で小粋な俺様には、
ぴったりなんだけど、そこんとこが、
ビッグ・ハートで、ダイナマイト・ボディな彼女には、
さっぱり通じないのである。
これはもう、言葉の障壁という問題ではないのである。
しかも、悲しいかな日本人。
このプレゼントに、どう応えたらいいのか、
だんだん、苦しくなってくるのである。
同程度のプレゼントを返すべきなのか、
はたまた、気持ちでいいのか。
その気持ちとは、値段でいうと、どのぐらいになるのか。
小心者というだけでなく、日頃直視せずにいた、
自分のせこさ加減にまで、直面するはめになるのである。
くそっ。
ちなみに、おいらの男友達が、数年前、
カナダ人の女性と結婚した。
この前、「クリスマスって恐くない?」と訊くと、
頭をブンブン振って、「おまえもかっ!」と俺の手を強く握った。
何でも、家族全員、じいさま、ばあさまもひっくるめて、
総出で、震えてるそうである。
しかも、奥様のファミリーを愛する気持は、
国内だけにとどまらず、当然カナダにも、
親戚が住むという、フランスやら、アメリカやらにも、
山のようなプレゼントが、太平洋を越えていくのだと言う。
だから、一番恐いのは、
二ヶ月後の、カード請求明細書なんだそうである。
それで毎年、大バトルに至るのだという。
あな恐ろし、クリスマス。
あ〜よかった、一人で。
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