>>>3月26日 晴れ<<<
戦争が始まり、いつ終わるか分からない状況です。
最近の友達からのメールでは、
「とうとう始まってしまった。
結局何も出来ず、無力感でいっぱい」 とか、
「最近の反対行動って、遊んでるみたい」 とか、
「アメリカあっての平和な日本だからって、
何も言わないのはおかしい」、などなど、
メールのどこかに、戦争に対する言葉が書かれています。
みんな戦争には、ウンザリです。
でも当事者は、もっと深刻です。だって命がけですから。
何の罪もない、普通のお母さんやお父さんにとっては、
理論はどうでもいいから、とにかく爆撃をやめさせてくれ、
子供に安心して眠れる夜と、食事を与えさせてくれ。
ただ、それだけを願っているはずです。
そして、子供を戦地に送り出している、
アメリカやイギリスのお母さんたちも、
願いはきっと、同じはず。
わたしが物心ついた頃から、もう何度も、
戦争は繰り返されています。
そのたびに、大人のすることに不思議がり、憤り、反発し、
声高に訴えたり、がっかりしたり、無力感に絶望したりと、
そのやるせない連続の中で、つまるところ、
今、わたしに出来ることは何なのだろうと、考えてきました。
そして、今現在、わたしが思う平和運動は、
自分の出来る範囲で、デモや、署名など、
具体的な平和行動を、長く続けることと同時に、
できるだけ、自分を見失わないようにしながら、
わたし自身が平和を生きることだと、思うようになりました。
何年も前に出会った、ヴェトナムのお坊さんの、
ティック・ナット・ハン先生の影響を、強く受けたからです。
先生は、こんなふうにおっしゃっています。
『まず私達が微笑することができなければ、
世界は平和になることができません。
私達みずからが微笑し、呼吸をし、心を鎮め、
平和を生きる力によって、平和が築かれるのです』 と。
それは、役に立たない運動に思えるかもしれません。
でも、誰にでも参加できて、普通の暮らしにも密着している、
確実な平和行動ではないかと思うのです。
まして、あのヴェトナム戦争の中で、
どちらの側にもつかずに、ひたすら平和だけを訴えて、
「行動する仏教」を実践されたことを思うと、
その言葉は、とても重く響きます。
(ティック・ナット・ハン先生の本は、「ビーング・ピース」などがあります)
平和は、わたしから始めよう。
そう思いながらも、家の中でケンカしたり、グチを言ったり、
まったく、情けない毎日を送っているけれど、それでもやはり、
微笑を忘れず、毎日を大切にしようと、
いつもいつも、自分に言い聞かせています。
そんな時、「ジョン・レノンに捧げるピース・イベント」
というのを知りました。
呼びかけているのは、オノ・ヨーコさんです。
そこにも、ハン先生と同じような言葉を見つけました。
「自分自身が平和でいることで、あなたはすでに
平和な世界の一部になっているのです」 と。
このHPにも、ささやかだけど確実な平和行動、
ピース・イベントが、いくつも掲載されています。
ぜひ、読んでみてください。
そして、戦争のない、平和な世界になるよう祈りながら、
今日という一日を、大切にしましょう。
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