|
| ||||||||||||||||
| ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | ||||||||||||||||
というわけで、鳥取3日目の夜、
もし、駆け落ちをする機会があれば、
で、その翌朝、そんな三朝の話をしていたら、
と、みんなに大笑いされたのだけれど、 本人は、あの偉大なるキュリー夫人が、 はるばる日本の鳥取県三朝にいらして、 こつこつ自ら掘られ、ラジウムを発見されたと、 この四半世紀以上、固く、信じこんでおりましたので、 『絶対!絶対!絶対、来たっ!』と、 言い張るのでございます。(爆)
そんなおバカな会話を、じ〜っと聴いていた、花ちゃんが、
『キュリー夫人って、ポーランド人ですよねぇ。
したら、たつき母、
とんだ事になりそうだという、イヤな予感を、
・・・つづく。(はぁ)
| ||||||||||||||||
| ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | ||||||||||||||||
たつき母:あのぉ、<キュリー祭>ってありますよねぇ。
協会の方:ハイ!でも、もう終わっちゃったんですよねぇ。
(と、おっしゃってから、今年どんな催しがあったかを、
たつき母:あ〜、そうですかぁ。 協会の方:・・・・・はっ?
たつき母:キュリー夫人って、三朝に来たんですよね!
協会の方:・・・・・。 (数分後、再びもどられて。ほんと、すいません。)
協会の方:あのぉ〜。日本に来られたのは、キュリー夫人の
たつき母:え〜っ!じゃあ、どうして<キュリー祭>を (って、言われてもねぇ・・・)
協会の方:え〜っと、それはですねぇ〜、 たつき母:はぁ、じゃあキュリー夫人は来てないと・・・。 (まだ言うかっ!) 協会の方:はい、いらしてないようです。すいませんねぇ。
(って、あなたが謝ることではありませんてばっ!
そして、がっくりきた、たつき母は、みんなに笑われながらも、
すいません。まだ続きます。
| ||||||||||||||||
| ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | ||||||||||||||||
ですから、キュリー夫人の具体的な偉業には詳しくなくとも、 で、たつき母、しみじみとこうおっしゃったのでございます。
たつき母:『キュリー夫人って、大学行ってる時、 一同(再び):『はぁ?!』
たつき母:『だ・か・らぁ〜。パンとお茶を買うお金がないから、 (・・・・・知りたくない)
ななかま:『あのさぁ、毛布かぶってるって、冬でしょう?
たつき母:『え〜っ、でも、本に絵が描いてあったもん! (もん!って、何だよ)
ななかま:『だからな、仮に田舎に住んでたとしてもな、 (すると、クールな花ちゃんが一言)
花ちゃん:『私の読んだ本の挿し絵には、キュリー夫人が、 一同:『え〜っ!!!椅子ぅ〜?』
(おい誰か、ほんっとに止めろよっ!)
| ||||||||||||||||
| ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | ||||||||||||||||
何でもね、人間は「重さを暖かく感じる」といった、
ほっほぉ〜。
キュリー夫人が椅子を背負って、机に向かう絵というのは、
でもな、たつき母よ。
・・・と、み〜んなに言われ、
いつまでたっても、戻ってこないので、
それは、小学館の「えらい人のお話」シリーズの、
「で、あったか?サクランボ?」と訊くと、 「誰かが、消した・・・。」
「消すか!そげなもん!」と、本を開いてみると、
はぁ〜〜〜っ。
と、いつまでも、しつこく、つぶやくたつき母であった。
はぁ〜。
| ||||||||||||||||
| ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | ||||||||||||||||
実は、家に戻ってからも、キュリー夫人の苦学話については、
まず、いくつか例として挙がっていた逸話は、 うん、あった、あった、そういうの。
フランスに渡って苦学していた頃の逸話としては、
そして、花ちゃんが言ってた通り、
さらに、ポプラ社の伝記「キュリー夫人」では、
出たっ!
したら、あなたっ!
しかも、重ければ重いほどよいということで、
でもって、このお祭り、 マジっすか、ポーランド?
う〜む、お後がよろしいようで。(って、どこがだっ!)
|
![]() [HOME] |
![]() |
←ななかまどへの メールはこちらへ! |