◆11月のななかまどのあそび◆
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>>>11月1日 曇り時々晴れ<<<


昨日、栃尾に住む友人に電話をかけました。
新潟中越地震の震源地に、とても近い場所です。
本当は、すぐに電話をかけたかったのですが、
あっという間に、電話がパンクしちゃったし、
電気もつかないとのことだったので、
そんな時に電話をかけても、かえって迷惑だろうと、
控えてました。

あれから毎日、ニュースをチェックしては、
なかなか道路も電車も復旧しない様子に、
ジリジリ、ジリジリ、気を揉むばかり。
友人の子供を、一時的に預かるとか、
あるいは、何かお手伝いに出かけるとか、
必要なものを送るとか、出来そうなことを考えても、
その場所にまでたどり着けないのなら、
まったく意味がないじゃないっ!
き〜っ!

でもやっと、先週末には、宅急便も届くようになったし、
都内からの、直通バスも出たので、
これで、手伝いに行けるかもしれないと、
ドキドキしながら、電話をかけました。

あ〜、よかった!元気にしてました!
最初に揺れた時、台所にいた友人は、
足に熱湯がかかったそうですが、大したことはなく、
誰もケガをしなかったし、家そのものも無事でした。
ただ、小学生の長女が、
数日、具合が悪いと言って、寝込んだそうです。
かわいそうに、怖かったよね・・・。
友人も、ちょうど電話をかける前に、
何もやる気がしない状態に、陥ったそうです。
なので、あの地震以来、
買い物に出かけるなど、外に出る時は、
一家4人そろって、外出しているそうです。

わたしの友人は無事でしたが、
まだまだ、避難所や車の中で、
今夜も過ごされている方が、大勢います。
そういうわけで、もう一度、ボランティアと、
義援金、そして、テントの提供をお願い致します。


<ボランティアの受付>は、以下の通りです。
お近くの方で、自分で食料、水、寝袋を持参出来る方、
どうか、以下の所にご連絡ください。

◆長岡市社会福祉協議会 0258−33−6000

◆柏崎市社協 0257−22−1411
          0257−23−8615

◆十日町市役所前 080−5199−0898
            080−5199−4559
            080−5199−4596

◆栃尾市社協 0258−52−5895

◆川口町生涯学習センター 0258−89−3120

◆川西町社協 0257−68−3343


<義援金の受付窓口>は、以下の通りです。

●セブン・イレブン、イトーヨーカ堂、ローソンの各店舗。

日本赤十字社
 (郵便振替) 名義:日本赤十字社新潟県支部
 口座番号00530−2−2000
 ※通信覧に「新潟地震」と明記してください。

新潟県共同募金会
 (振込み/受付期間内は、振込み手数料免除)
  郵便局:口座番号00630−5−14477
 ※通信欄に「新潟県中越地震」と明記してください。

  第四銀行白山支店:(普)1579383
  大光銀行新潟支店:(普)252851
 ※名義はすべて「社会福祉法人 新潟県共同募金会」
 (窓口設置の電信振込依頼書を使用願います)
 上記以外の他銀行からの振込みについては、
 有料扱いとなります。

(現金書留/送料は無料)
 ※宛名のところに『救助用』と明記してください。
 送付先: 社会福祉法人 新潟県共同募金会
 〒950−0994 新潟市上所2−2−2
 新潟ユニゾンプラザ3階 

期間: 平成16年10月25日(月)から同年11月24日(水)まで

●毎日新聞社会事業団
(郵便振替) 名義:新潟県中越地震救援金
口座番号:00120−0−76498

(現金書留)
〒100−8051 東京都千代田区一ツ橋1−1−1
毎日新聞社会事業団「新潟県中越地震救援金」係


<テントの募集>は、以下の通りです。

みなさんのお宅で、眠っているテントがありましたら、
ぜひ、下記の所までお送りください。
31日のテレビをご覧になった方もいらっしゃると思いますが、 当初集まった400張りは、すでに在庫がなくなったそうです。
自衛隊のテントは、ペット禁止なのだそうで、
とても喜ばれているようです。
くわしくは、ここをクリックして下さい!

尚、送っていただく前に、ご面倒かと思いますが、
一度組み立ててから送っていただけるようお願いします。

送り先は、クロネコヤマトの宅急便で、
「新潟県 小千谷宅急便センター 止め」でお願いします。
(送り先が変更になりました)

受け取り人名:中越元気村 加藤寛明
電話番号:090−4848−9954

また、活動資金としての寄付金のご協力もお願いします。
振込先は、郵便振替:00980−5−12290
オープンジャパン
通信欄に「中越元気村」とお書き下さい。

以上、よろしくお願いします!


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>>>11月3日 晴れ<<<


イラクで香田証生さんが、イスラム過激派に
拉致・殺害された事件は、最悪の結果になりました。
たくさんの報道の中に、自己責任を問い、
軽率だったとする意見が多かったけれど、
わたしは、そうは思いません。

若い人が、柔らかい好奇心でもって、
あの国で起こっていることを見てみようと、
出かけていく気持ちは、よく分かるし、
それで、多少の迷惑をかけたとしても、
そうした情熱こそが、結局は、国のあり方を、
少しずつ変えていくと思うからです。

もちろん、「無謀過ぎる」、「残酷だ」と、
怒る気持ちは、理解できます。
でも、怒るだけで終わりにしてほしくないのです。

わたしがもし、あの国に生きていて、
すべてはアメリカのせいだと言われて育ったとしたら、
テロ行為も、残虐なことも、簡単にしたかもしれません。
残虐な行為は、もちろん許されないことですが、
一方では、アメリカが、難癖つけて勝手に戦争を始め、
まったく罪のない、普通の市民を、
すでに何万人も殺害していることも事実で、
それもまた、許されない行為です。
しかも日本は、そのアメリカに賛成しているわけだから、
香田さんは、その犠牲になったと言えます。

つまり、あの地で起こっていることは、
まったくの他人事などではなく、
すべて、わたし達、日本人の暮らしや考え方と、
つながっているはずです。

だから、この事件を知った人たちは、もうこれ以上、
非難したり、裁いたりはせずに、
自分に出来る平和のあり方を、静かに考えてほしいと、
祈るばかりです。

今回の事件を、一人の無謀な青年の殺害事件として忘れ、
イラクで行われていることを知りながら、
無関心でい続けるならば、
それは、目を閉じたまま、世界を見ていることであり、
手を差しのべながら、何も与えないことと同じです。

これほど残酷なことが、他にあるでしょうか。

香田さんのご冥福をお祈りします。


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>>>11月4日 晴れ<<<


そろそろ紅葉を見に、どこかへ行きたくなってきたけれど、
その前に、京都の『青もみじ』を、ご紹介いたしますわね。
皆様は、このレポートを参考に(?)、
『赤もみじ』をご覧になってちょ。

何だか遠い昔に感じるけれど、2週間前のこと、
台風の翌日、バスから、新幹線に乗り換えて、
京都、女一人旅に、出かけたのでしたわ。

東京は、まだ雨が降っていたけれど、
な〜んと、おいらが乗ったのは、700系じゃ〜っ!
もしかして、初めてかも?!
だって、いつも途中下車しちゃうからねぇ。
というわけで、サラリーマンのおじさまに見られながらも、
子供のように、パチパチ写真を撮りましたの。(ぷぷっ)

   

そして名古屋あたりから、ピカピカのお空。
晴れ女、見参!
さっ、今回の京都旅行は、一泊しかしないので、
時間に余裕が、ございません。
さっそく、目的地へGO !

どこへ行くかと言うとね、『島原遊郭』どすえ。
いえ、新選組ツアーをするつもりは、ありませんの。
建物フェチのわたくし、今回は、
島原遊郭の揚屋(あげや)が、そのまま残されている、
『角屋』さんを見学に、参ります。

『角屋』と言えば、芹沢鴨が、鉄扇を片手に大暴れしたり、
暗殺の夜、宴席を開いていたので有名です。

まずは、新選組の屯所であった、西本願寺へGO !
島原遊郭は、壬生屯所の南、
壬生川花屋町通りを西へ入った所にあります。

そして、これが、島原「大門」。↑
遊郭への出入りは、常にこの大門からと、決められてました。
なぜって、それはね、遊女の逃亡を防ぐためだそうで・・・。

ちなみに、わたしの大好きな、山南敬助の恋人、明里も、
近藤勇の恋人、深雪太夫、永倉新八の妻になる小常、
土方歳三の恋人だったという東雲太夫も、
み〜んな、ここにおりました。

この門に至る、小さな商店街は、
すっかりさびれてしまったようですが、
山南さんも、局長も、この細い道を歩いて、
通っていたのねぇ。
西本願寺から、約15分。
はかない、恋の道のりでありますな。
ふむ。

・・・つづく。


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>>>11月6日 晴れ<<<


さて、島原大門をくぐって歩いて行くと、
目指す『角屋』さんの手前に、
『輪違屋(わちがいや)』という、
「置屋」さんを外から見学できますの。(内部非公開)
ちなみに、この置屋、今でも営業しておりますのよ!

屋号の通り、輪が違っております。↓

この置屋には、明里がいたはずです。
大河ドラマで、先週死んじゃった、伊東甲子太郎の恋人も、
確かここだったと思います。
近藤局長も、よく通われたので、
局長の「書」が、残されているそうですよ。

大河ドラマと言えば、わたくし、山南を演じた、堺雅人さんに、
すっかり心を奪われちゃったのよねぇ。
最初はね、学芸会みたいだなぁ、なんて思っていたのよ。
そしたら、山南さん、だんだん存在感が大きくなってきて、
「この人、ヅラあわない気がする」、な〜んて、
余計なこと思いながら、見つめていたら、
ある日、突然、
彼を好きになっている自分に気づいたんだなぁ、これが。

あの泣いてるような、笑顔、真似できるもん。(えっ?)
まったくもって、恋心とは、不思議なものなり。
うふ。


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>>>11月13日 晴れ<<<


さて、いよいよ目的の『角屋』さんに到着!
島原の花街にある、「揚屋」です。
ここは、「置屋」から、公家や文化人が、
太夫や芸妓を呼んで、遊宴を行った所。
今でいう、料亭や料理屋にあたるんどすえ。

門を入っていくと、こんな暖簾がかかっており、↓

 

玄関に入っていきます。↓
どこもかしこも、赤いイメージだけど、重厚な感じどすな。
ふむふむ。

そして、玄関を上がった所で、全員、刀を預けます。
これが、「刀箪笥」ざんす。↓
でも、新選組の方々は、預けなかったみたいっす。
(ダメじゃん!)

番頭さんがいる所に上がると、こんな感じ。↓

ちなみに、この写真の左隅にある、「たらい」は、
西郷どんが、よく行水に使っていたものとか。
何でも、『角屋』に立退きの話が出た時に、
この桶のお陰で、立退きの話がなくなったとか・・・。(へぇ〜)

幕末、西郷どんだけでなく、久坂玄瑞など勤王志士たちが、
軍用金調達のため、鴻池、加島屋などの豪商を
『角屋』に招いて、宴会を催したわけね。
桂小五郎、坂本龍馬、伊藤博文なんかも来たらしいっす。

でもって、そんな彼等を探し求めた新撰組も、
ついでに遊宴の場として利用したわけですな。
そんな両者が、はち合わせしたら、
当然、刀を振り回しちゃうわけだから、
かち合わないように、かなり苦労したそうっす。

上の写真、手前の照明は、「八方あんどん」と言って、
忙しい台所を、効率よく照らす、吊りタイプのあんどんで、
直径1メートルぐらいあるんですのよ。
今風でしょ?
しかも床は、すべてバリアフリー!
たくさんの使用人が、忙しく立ち働いておったのでしょう。
時代がどう動こうが、商人は、商売に励む。
いやぁ、繁盛、繁盛!

広い台所を見上げると、こんな感じ。↓

立派な梁どすなぁ。
しかも、煙は出て行き、新鮮な空気が入るように、
上手に設計されております。
すばらしいでござる!


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>>>11月14日 曇り<<<


さて、宴席となるお座敷に移動すると、
それぞれ特徴のあるお部屋には、
円山応挙のふすま絵や、与謝蕪村の「紅白梅図屏風」、
大雅堂の書、芭蕉・其角の短冊、などなどの逸品が、
大切に保存されておりまする。

美術品だけでなく、お部屋の建具や、お茶室、お庭まで、
江戸時代の職人の粋というか、
心意気を感じる立派なしつらえが、隅々までされていて、
建物フェチとしては、大変満足、満足。

ここにいらっしゃるお客様は、お部屋に上がって、
すぐに飲めや歌えの宴会という、お下品なことはせずに、
まずお庭を眺め、お茶をいただき、
和歌なんかを一筆したためた後、
芸妓さんの踊りなどを眺めつつ、宴席となったそうです。
つまり、単なる料亭ではなく、文人や俳人も集う、
サロン的な場所でもあったのね。

一番広くて、お座敷に面した庭園に、
立派な臥龍松(がりょうのまつ)がある、↑
「松の間」があるんですが、
ここは、芹沢鴨が暗殺される3時間前まで、
宴会をしていた場所でして、
その前にも、鴨はここで、大酒飲んで暴れたことがあり、
そりゃ、大ヒンシュクだったろうねぇ、新選組。

↑当時あった松の根の部分が、残されているのですが、
わたくしの好きな山南さんは、暴れることなく、
静かにこの松を、眺めていたに違いないっす。

知的で、人望もあったという山南さんですが、
少々怒りっぽかったという記録もあるそうで、
本当は、どんな人だったんだろうねぇ・・・。


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>>>11月16日 晴れ!<<<


お座敷で、館内の方の説明を受けた後、
一人で、玄関のあたりをウロウロしておりました。
いいお屋敷というものは、
どこにいても、気持ちがいいものでしてね、
爽やかな風を感じて見上げると、こんな木が。↓

何と、樹齢200年の「槐(えんじゅ)の木」だそうです。
中国の縁起の良い木だそうで、今もなお健在です。
そうか、この木は、山南さんを知ってるんだなぁと、
なでなでしていると、
その木の反対側には、「新選組の刀傷」という言葉がっ!

何でも、新選組が角屋出入り禁止になった時に、
暴れて付けた刀傷だそうです。
もちろん、こんなことを山南さんが、するはずはない!
でも、ダメじゃん、新選組!
こんな乱暴なことしたら、確実に嫌われるよぉ〜。

しっかし、刀傷が見せ物になるとはねぇ。
しかも、出入り禁止だよ。
新選組のやんちゃな奴も、そんなことになるとはのぉ・・・。
あまりに哀れで、その傷にも触ってきました。

一人で、なでなでしていると、
先ほど丁寧な説明をしてくださった方が、いらしたの。
(大変手相がよろしかったのを、見逃しませんでしたわ。
 もしかして、現在の14代当主様だったのかしら?)

その方が、おっしゃるのよ。

「みなさん、意外に気がつかへんのですが、
ここに井戸があるんですよ。
当時ここには、野菜が置かれてましてね。
まぁ、天然の冷蔵庫ですなぁ」

と、ニコニコ話しかけてくださりました。↓

おおっ、本当だっ!
台所を出た反対側、約5メートルぐらい下にありますの。
ほぉ〜、これはこれは。
当時、おそらく果物を冷やし、
魚なんかも、宴会まで保存してたかもしれませんなぁ。
きっと、うまい料理だったに違いない。
ふむ。

さて、すっかり堪能したわたくし、お屋敷に別れをつげて、
次の目的地、「東寺」へと向かったのですが、
すぐ側で、小さな神社を発見いたしました。↓

島原遊郭の女たちが、お参りした神社です。
深雪太夫も、明里も、きっと祈ったに違いない。
その祈りは、届いたのかな・・・。
山南さんのお墓の隣には、明里がいるらしいんだけど、
彼女は、山南さん亡き後、どんな暮らしをしたんだろう。

な〜んてことを、しんみり思いながら、歩きましたわ。
そしてもちろん、歌いましたともっ!
ジョン・健・ヌッツォと共に!

ラララララララ〜、ラララ〜ラ、ララララ〜!
いとしきぃ〜友はいずこにぃ〜
この身は露と消えてもぉ〜
忘れは〜せぬ、
熱きお〜もい・・・


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>>>11月18日 曇りのち雨<<<


さて、今回の京都旅行は、たった一泊でございます。
なので、急いで『東寺』へと向かいました。
京都と言えば必ず紹介される、「五重塔」があるお寺です。
実は毎月21日は、「東寺弘法市」がたつんですの。
今回の旅行の目的の一つに、「和の小物をゲット」
というのがありましたので、そそくさと向かいましたわ。

お天気もよかったし、市は盛況!
着物もたくさんあったけれど、初心者は眺めるばかりなり。
小物をつくる古布と、色足袋を一足お買いあげ。
お腹がすいたので、「五平もち」「きんつば」を購入。
うん。市に来たって感じっす!
今月の21日は日曜なので、もっと混むと思いますが、
楽しいから、お近くの方はぜひにね!

さっ、次に目指すは、大好きな『三千院』でござる!
そして、見よ!この見事な「青もみじ」

『三千院』は、何度訪れても、心が落ち着くお寺です。
今回も静かに、写経なんぞをしてきましたわ。
たっちゃんと、お友達の病気の子供の健康と、
もう一枚は、わたくしの人生をひっくるめての感謝と、
さらに、あれもこれもと思ったんだけど、
「こらこら」、
と仏様に言われそうな気がしてやめました。

今年の紅葉は、25日前後が最盛期の模様です。
こちらも、ご堪能くださいませね。

この日のお宿に行くには、まだ時間があったので、
近くの『実光院』にも、寄りました。
こちらには、「池泉回遊式の旧理覚院」という、
すばらしいお庭がございます。
池の手前が俗世間で、向こう側が浄土なんだそうです。
浄土を眺めつつ、お抹茶とお菓子をいただきました。

このお庭には、何と、秋から翌春まで咲き続けるという、
「不断の桜」がございますのよっ!

わたくしが行った時は、まだちらほらって感じでしたが、
こちらのお寺も、おそらく来週には、
紅葉という、贅沢な景色を眺められるはずです。

近くの『浄蓮華院』という宿坊のお料理が、
大変すばらしいという情報も、
あかりさんより、ゲットいたしました。
あら、また行きたくなってしまいますわねぇ・・・。


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>>>11月21日 晴れ<<<


さて、日も落ちてきたので、宿へ向かいましたら、
途中で、藍染めのお店を発見!
薬剤を使わず、本物の藍を使用しているとのこと。
藍染めの、タイの男物のパンツを持っているので、
それに合わせて、マフラーを購入。
あら、真っ暗になってしまいましたわ!
今回のお宿は、『大原の里』でございます。

このお宿はね、今年、温泉を掘り当てましたのよ。
五右衛門風呂もあって、何度もおフロに入りました。
夕飯は、素朴なおいしさの鶏味噌鍋。
夜10時を過ぎると、もう何もすることがございません。
本を読み始めたら、爆睡しちゃいました。

翌朝、お散歩に出ると、
少しだけ紅葉が始まった木もありましたが、
凛とした空気の中、コスモスや、紫式部などがキレイです。
それにしても、ここは、まるで昔話に出てくる里のよう。

朝御飯をしっかりいただいて、(三膳ほど・・・おほほ)
もう一度、三千院の山門まで行って、お参りした後、
バス亭に向かったら、しば漬けで有名な「志ば久」で朝市が!
お買い得だったので、しば漬けとキムチ(?)をゲット。
和風だしがきいていて、おいしゅうございました。

さて、京都二日目は、食べ歩きでございます。
まずは、出町柳で下車。向かうは『出町ふたば』なり!
ず〜っと食べたいと思っていた、「豆餅」を購入。
う、うまいっ!
こ、これは、うまいっす!
10人が食べて、全員がうなるに違いありません。
餅は柔らかいのにしっかりしているし、
餡は甘みをおさえた、何とも上品なこし餡です。

他にも、おはぎや、きんつば、もなかや、かぶき団子、
栗餅、田舎大福と、まだまだおいしそうな和菓子が、
い〜っぱい並んでおります。
ガラスケースの前に佇み、「端から全部くださいっ!」
と言いたいのを、ぐっとこらえましたわ。
無理をすれば、食べられないことはないけれど、
こんなにおいしいものを、
下品に食べ散らかしてはなりませぬ。
ううむ、次回の京都では、二日に分けていただくことに決め、
泣く泣くガラスケースから、離れました・・・。(涙)

この日は22日、『時代祭』だったのですが、
どうしても清水に行かねばならず、バスで移動してましたら、
キレイに着飾った馬が、ぽくぽく歩いていたり、
着物姿のお姉さま方や、赤い縁日の旗などを見かけました。
お祭り気分って、いいですのぉ。
(後日知ったのですが、この馬のうち一頭が倒れるという、
前代未聞のハプニングがあったんですって!)

さて、清水寺に行く前に、「八坂の塔」近くにある、
着物と和雑貨のお店、『WAKON』に寄りました。
そこで何と、1000円のかわいいゲタを発見!
しかも、雨よけまでついてるの!
「ほ、本当に千円ですかぁ〜?」と確認して、ゲット。
渋い黒の縦縞の足袋と、小物も購入。
いや〜、満足、満足。

それから坂をえっちらおっちら上って、
二年坂にある、洋食の店『みしな』で、お昼をいただきました。
「かにクリームコロッケと海老フライの盛り合わせ 、
お茶漬け付き」
というメニューです。
コロッケは、俵型の美しいフォルムで、お味も正当派。
お茶漬けとの組み合わせが、ちょっと不思議でしたが、
何の違和感もなく、完食!
7、8人で満席になる、カウンターだけの小さなお店ですが、
背筋が伸びるような、きっちりした京風洋食屋さんで、
大変、おいしゅうございました。

そこからまた、坂を上って清水に向かうのですが、
おやっ?!あれは、『イノダコーヒー』ではございませんの?
そうです、清水店があったのですわ。
これは、素通りするわけには参りませぬ。
おいしい「アラビアの真珠」をいただきました。
はぁ〜、テラス席は、とても気持ちがいいですわ〜。
こちらのお店は、接客がすばらしくて、大好きです。

ささっ、また元気を出して、坂を上ります。
何ですか、年々、この坂を上るのが、
きつくなってきた気がしますが、気のせいでしょうか?
やっと着いたら、実は清水寺も、台風の被害を受けてまして、
屋根を修理されてました。
夜の特別拝観、始まりましたよ。紅葉がきっとステキでしょうね・・・)

清水寺のお参りも終え、本当は「五条」で、
お茶碗を覗きたかったのですが、時間もなくなってきたので、
一度、駅に戻って荷物を預け、
七条大宮にある、『笹屋伊織』さんに向かいました。
東寺で市が立つ、20、21、22日の三日間だけ、
「どら焼き」を購入することが出来ますのよ。
(ネットでも、予約して購入できるようです)
ささっ、急いで参ろうぞっ!


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