◆9月のななかまどのあそび◆
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>>>9月4日 曇り、のち雨、のち晴れ<<<

なぜか突然寒くなりました。
昨日までの猛暑が信じられません。
こんなに急に寒くなっては、もの悲しいというより、
拍子抜け。
とにかく夏の扉は閉じました。
ご存知でした?
今年の夏、20世紀最後の夏だってこと。

そんな特別な夏。わたしは何をしてあそんだのかしら?
生きててよかったと思うような、そんな夏だったかしら?

<夏の思ひ出 その1>

そう、今年も山梨県の「久津間さんの桃」をいただきました。
有機質肥料で育った、しっとりしたかほりと、うっとりするような上品な密の甘み。
1キロ千円以上するんですけど、毎年楽しみにしてる、
1年に1度のぜいたくです。
そして今年はさらに、「大栄町のスイカ」もいただきました。

毎年、鳥取に住む友人のお母様から、お中元をいただくんですけど、 『今年はメロンだって、いいかなぁ?』 と友人が訊いてきたんです。

わたくしすかさず、「大栄町のスイカっ!」と大声はり上げてしまいました。 その後、小さな声で『母がスイカ好きだし(ホント)、それに今世紀最後に、心残りのないようにしたいし・・・』とつけ加えましたが。

だっておいしいって有名なんですよ、「鳥取大栄町のスイカ」。
あんまりおいしいので、関東にはやってこないんですのよ。
この機会をのがしてなるものですかっ!
しかも、大栄町にご親戚がいるというお話、随分前に伺っていたような・・・?




いただきました。
大きな大きな大栄町のスイカ。
あまりの大きさに、まず笑いましたわ、母と。

で、あまりに大きいので、冷蔵庫に入りきらず、
しかも食い意地がはってるので、さっそく喰らいつきました。
うむ、ふむ、むぐぐ・・・。
甘い。
と〜っても甘い!しかも、コクがある!
果汁も濃くてたっぷり。種にも種の味がする!
香りもいいっ!青臭いような、土の匂いがするような。
何だ、この奥深い甘みは!
さすが大栄町、噂は本物だったのね!
息もしないで、ハグッハグッと一気にいただきました。
その後に残る口の中の甘さといったら、あなた・・・。



こんな大きなスイカ、とても食べきれないと思いましたが、
母と奪い合うようにガツガツいただき、
一週間も経たぬ間に、思ひ出と消えました。

これが今年一番の夏の味です。
将来ボケるようなことがあっても、この味は、子供の頃の夏の思い出と一緒に、いつまでもいつまでも残ることでしょう。
ありがとうございました。
来年もよろしくね、鳥取のお母様。


>>>9月5日 冷たい雨<<<

・・・・・・茹でたてのだだちゃ豆にビール、冷やしトマト、
梅雨の頃、『家族が病気で・・・』と言って仕事をズル休みして漬けた、お手製「らっきょ」もウマく仕上がったし 、ツルムラサキももうサヨナラなのねぇ〜・・・
しまった、かき氷食べてないっ!
っておい、食べ物しかないのか?俺の夏の思ひ出は。

いえいえ、そんなことはありませんでしたのよ。
あるんです。生きててよかったなぁ、と思ったもの。
それはね、

<夏の思ひ出 その2>

ほぼ日刊イトイ新聞というホームページの中にある、編集者が本を紹介するコーナー 「担当編集者は知っている」 で紹介されていた本。

「だれも死なない」が、それ。
(トーン・テレヘン作、長山さき訳、金子國義絵、
メディアファクトリー刊)

リスやアリや、ゾウ、カメ、クモ、サイ、とにかく動物しか出てこない。 人間は出てきません。
しかも同種類の動物は、複数は登場しない。ゾウは一頭だけ。アリもリスも一匹だけ。
みんな同じ大きさ。
そして誰も死なない。

これが作者が決めたお約束。
あとは、動物たちが自由に空に浮かんだり、ダンスをしたり、旅に出たり、 お誕生日をお祝いしたり、手紙を書いたり、ハチミツを食べたりします。
ちょっぴり冒険と謎に満ちた、動物たちの毎日のお話です。

でも時々、「孤独」とか、「考え過ぎること」とか、「不幸」とか、「敗北」とか、「終わり」なんていう、不穏な響きのことばにドキッとしたりもします。

その一方で、「病気になった時、どうしたら治るか」とか、
「思いとどまることをやめるには、どうしたらいいか」とか、
「どうにもならない日は、一体どうしたらいいの?」
という疑問にもちゃんとこたえてくれる、生活するための実用書でもあります。 (わたしにとってだけかもしれませんが)

ともだちでも、家族でも、隣のおじさんでもいい、
誰かといっしょにお茶を飲みたくなります。
そうするだけで、人生で得たいすべてがあるような、
そんな気持ちにさせてくれる本でした。

わたしの回りには、リスとゾウを足して2で割ったような友人が多いです。 わたしはと言えば、アリとゾウを足して2で割った感じでしょうか。
いやはや、どうも。


>>>9月6日 曇り<<<

<夏の思ひ出 その3>

これを忘れてはいけませんでした。
ホームページ「ななかまど通信」を始めたことです。
いけませんねぇ、こんな大事なことを忘れちゃ。
ほほほ。

つらつら考えてみるに、今世紀最後といったって、わたしの歴史から見れば、いつだって、これが最後の夏。
これから迎える秋も、わたしの一生で出会う最初で最後の秋。
さぁて、どんな秋にいたしやしょう?

今日、図書館の帰り、緑のトゲをつんつんさせた、真新しい栗を拾いました。
階段のそばにある窓辺に飾っておいたら、
「中身は入ってるのかしら?」とつぶやきながら、 母がつんつんしてました。 親子だなぁ、と妙に感心いたしました。

くだもののおいしい季節がやってきますわね。


>>>9月8日 曇り<<<

急にどうしたんでしょう。
とても暑いです。

さて今日、ネパールの友人より、久しぶりにメールが届きました。
わたしは、ネパール人のサンタ・ラマさんが代表の、小さなNGOのメンバーなので、 この「ななかまど通信」でも、近いうちにその紹介をする予定なのですが、
今回のメールは、そんなこととは関係がありません。

どうやら、日本のお医者さんと、ネパールから来日されるお医者さんとを、 東京で開催される学会で、出会わせたいということのようです。
ついては、わたしにその日本人のお医者さんに連絡をとってくれ、 という内容のメールでした。

はい、がってんしょうち!

でも、問題が一つあります。
しかもとても大きな問題が。

だって、日本人医師の大学は分かるのですが、お名前が分からないんですもの。
ネパール人医師のお名前は書いてありますのに。

一体わたしは、どうしたらいいのでしょうか。
メールには、
『日本人医師に連絡をとって、 ネパール人らしき人を見かけたら、声をかけてくれと、 伝えて』
と、あるんです。
この伝言も、けっこうスゴイですよねぇ。
何度読んでも、新鮮に笑えます。

それから何度も返事をくれというメールを送っているのですが、 うんともスンとも言ってきません。
う〜ん、わたしは本当にどうしたら・・・。 学会はもう始まったようなんですけど。

それにしても、どうしてわたしの回りには、こういうスットコドッコイが多いんでしょう。
やはり、『類は友』なんでしょうか?

もうすぐ21世紀。
最先端の技術を使い、国境を軽々と飛び越えて、やりとりしてるわたしたちなのですが、 何かとっても根本的なところで、
思いっきりつまづいているような気が、たまにいたします。

いつになったら、白ヤギさんと黒ヤギさんのやりとりが、 終わりの日を迎えるのでありましょうか。
ネパールも、今年は猛暑だったのかしら?

のり子さ〜ん、P.K.さ〜ん、 お返事おくれよ〜!


>>>9月10日 曇り、のち雨<<<

もう夏は終わったというのに、何だかムシムシしてきました。
「やきもの屋」の原さんから、今月、東京で個展を開くというハガキが届きました。

で、そのことをさっそくホームページに掲載する 確認と、仕入れのことでお電話。

そうしたら、今年5月にお会いした、 出雲在住の燻製屋さん「スモーク・ハウス 白南風(しらはえ)」のご主人、青木さんの話になりました。

『いやぁ。青木さんがさぁ、やんものことすんごく気に入っててさぁ。あいつ若い子大好きだから。』 と、原さん。

そうです。
5月、わたしとやんもは、松江の原さんの家に遊びに行き、
松江まで行くんなら、どうしても出雲大社に行きたい!
ってやんもが言うので、
原さんの友人である青木ご夫妻を紹介していただき、まったくの初対面なんですけど、お尋ねしたのでした。
青木さんのお名前を聞いて、あの人なつっこい笑顔とその時の楽しい時間が、一瞬フラッシュバックいたしました。

・・・教えてもらった蕎麦屋さんが、おいしかったこと。
出雲大社で引いたおみくじが吉だったこと。
ちなみに、やんもは凶で、その後2回も引き直したこと。 それでも今一つだったこと。
平安時代の柱を見学したこと。
霊気スポットを歩いたら、やんもが急に頭が痛くなったこと。
おみやげに買った燻製が、これまた本当においしかったこと。
などなど・・・。

すると、わたしの思い出を振り払うように、原さんがこう続けたのです。
「『あの時いっしょにいた、やんものお母さん、 こう言っちゃぁ何だけど、若い頃はさぞかしキレイだったろうねぇ』
だってよ〜(笑)」

「はっ・・・・・・・・・?・・・・・・・・・!!!」

おい、ちょっと待て。 今、何ておっしゃいました?
「若い頃はキレイだった?」
(ちくしょう)

いや、その前。
「やんものお母さん」ですって?

ぬぁんだとぉ〜?やんもの、お母さんだとぉ〜!
こ、この俺がぁ〜?!

確かに、子供の頃から「フケセン」と言われてきたわたしです。
子供が5、6人ゾロゾロいても、まったく違和感のない年齢でもあります。
がしかし、青木さんっ!
あれほどデカい子供がいるってことは、
俺は、8歳か9歳ですでに産み落としたってことですかぁ?

ううむむむむ。
お客を一人、失いましたね。
うふふ。
うふふふふ・・・・・・・。


−超地域限定情報−
(大切なお知らせです)
やきもの屋の原さんが9月25日から10月8日まで、
銀座ギャラリー・アート・ポイントで個展を開きます。
今回は『土の馬』(ハイ、ここをクリック)というテーマで、
オートバイばかり、40台も展示されるそうです。
25日の夜7時から、オープニングレセプションがあります。
ななかまども必ずそこにいます。
ぜひ、遊びにいらしてください。
いっしょに遊びましょうよ。


>>>9月13日 曇り、のちどしゃぶり<<<

今年72歳になる「お友達」、と言っては失礼になりますが、
とにかく大先輩のお家に遊びに行きました。

話ははずみ、脱線し、ついに、
今年の夏、我家の台所の小窓にやってきた、やもりの話になりました。

最初は大きいのが縄張りにしてたけど、
最近はチビが大きいのを追い出し、
けなげに闘い続けて、とうとう占拠しちゃったんですぅ、
と話したら、

「やもりはね、一夫一婦制なの。
 絶対に相手をたがえないの。
 だから昔からね、
『恋の病には、やもりの黒焼』って言うのよ」

とおっしゃったのでした。

「恋の病に、やもりの黒焼」

うむを言わせぬ迫力があります。このフレーズ。

恋をして、ぽぉーっとしてる人の前に、
かわいい吸盤もバッチリ残る、やもりの黒焼をニュッと差し出してごらんなさい。
恋する自分の哀れさ愚かさに、ハタと気づき、
こんなことではいかんと、
もっと堅実的・現実的に、二人の愛を育てないといかん!と、
そう思わせるぐらいの迫力が・・・(ほんと?)。

それとも、精神のアンバランスを元通りにするパワーが、
やんも、じゃない、やもりの黒焼きにはあるのでしょうか?
しかし、そうまでして取り戻す精神の安定とは、その人の一生にどれほどの意味を与えるのでありましょうか?

はたまた、「やもりの黒焼」でも何でも食って、
今生での思いを、何がなんでも叶えるゾと、
そういう心構えで挑む恋こそが、すばらしい境地へと誘ってくれるのでありましょうか?

いやはや、すさまじいことでござりますのぉ。

「黒焼」にすがってまで、恋を成就させなくてもと思う、
この枯れた我家に棲みついた「チビやもり」は、
今日もいばりくさって、残り少なくなったガを捕らえんと、
ますますもって意気盛んな日々を送っております。

時にあなた、越冬はどうなさるの?


>>>9月15日 曇り、のち雨、のち晴れ、月夜<<<

いよいよオリンピックですわね。
妙にわくわくするのは、なぜでしょう?
開会式、よかったわぁ。
オーストラリアらしく素朴で、美しくて、おおらかで。

しかも水に火を点けて(水よっ、水!)、それがゆっくりUFOのように浮き上がって 聖火台になるなんて、すっごいステキなアイディア!

しかし、円盤は途中でストップしました。
原さんのつくってくれたビール・グラスを手にしたまま、画面から目をそらすこともできず、 今どのぐらいの人がこれを見てるんだろう、 とぼんやり思いました。

うれしい人、涙もろい人、怒ってる人、恋してる人、イライラしてる人、入院してる人、 貧乏な人、ツラかった人、台所にいる人、別れた人、 赤ん坊を抱いてる人、迷ってる人、花をつんでる人、闘志をもやす人。

この瞬間、地球上のあちこちのお茶の間や会社や酒場で、
はしを休め、グラスを置き、キーボードに指をのせたまま、
あらゆる日常の普通の動きを横っちょに置いといて、
「この円盤は、これからどうなるんだい?」とか、
「あらっ、機械壊れちゃったのかしら?」なんて、
家族や友人と話してるんだろうなぁ。

もちろん、たった一人で見ている人もいる。
でもこういう時の一人って、本当に「ひとり」って言うのかしら?

世界中であれを見ていた人の80%ぐらいの人が、
頭の中に?を浮かべつつも、「動け、動け、動くんだろう?」とジリジリしてた時間って、 何てぜいたくな時間なんでしょう。
ちょっと笑い出したくなります。

そんなたあいない時間がたっぷり過ぎた後、今世紀最後の聖火台が、のんびりゆるゆる上り始めたので、
ホッとして、ビールをもう1本あけました。


>>>9月17日 曇り<<<

やっと朝晩、涼しくなってきました。
今日は特に風が冷たくて、うれしいような、そうでないような。

日曜日の夕暮れ時、とあるお宅の庭で、
一人で遊んでいる男の子を、図書館の帰りに見つけました。

3歳ぐらいかな?
半袖半ズボンだけど、靴下をちゃんとはいてました。

お父さんが工具を使って何やらお仕事をなさってる横に座り、
黒いぬいぐるみをしっかり胸に抱いて、じっとしてました。

ぬいぐるみに話かけてるわけでもなく、
お父さんを見てるわけでもなく、
ただ、お母さんがその子を抱くように、
その子がぬいぐるみをそっと抱いてるの。
小さな手で、とても大切なものを守るように、
そっと抱きしめているの。


家に帰って「小山製菓の酒まんじゅう」をいただきました。
麹のかおりが奥歯の裏側をくすぐるようで、やわらかい甘さに、このところやみつきです。

あの子に大事にされてるぬいぐるみの気分を
ちょっと想像してみました。


>>>9月20日 秋晴れ<<<

ATSUKO'S WORKS で絵を提供してくれている、親友の敦っちゃんと、上野の国立西洋美術館で待ち合わせをしました。
今週末で終わる「レンブラント、フェルメールとその時代」展に行くためです。
お互い一仕事を終えた午後。
上野の森はすでに、おばさまで占拠されておりました。
日本の文化と呼ばれるものは、圧倒的に中年の女性に支えられております。

などと考えながら、待つこと10分。
わたしの携帯が鳴りました。
何と、上野駅から出られないと言うのよ、敦っちゃんが。
15歳の春に出会い、
お互いを’ちゃん’付けで呼び始めて以来、
これまたお互い、並はずれた方向音痴であることにも慣れっこです。 待ちますとも、いくらでも。

『もうすぐ着くと思うから』という声を聞いてから、 10分。15分。20分。
一緒に旅行するのに、成田空港で出会えなかったことを思えばこのぐらい、屁でもありません。

そろそろ迷子の案内を上野駅にかけた方がいいかな?
と思う頃、やっと彼女に会えました。
「やぁ、久しぶりぃ!」

フェルメールのたった1枚の絵に会うよりも、
敦っちゃん、あなたに会えてよかったよぉ。


さて、
絵も堪能したし、その後さんざんおしゃべりもした後、
フト、九十九里海岸(千葉県にあります)の話になりました。
で彼女は、九十九里は銚子より上だって言い出したのね。
ヘッ?
わたしは、下だと思うよ(正確には南ってことね)、敦っちゃん。

で、しばらく上だの下だの、って話になって、
だんだん声が大きくなってきて、
私は絶対自分が正しいと思うんだけど、
「じゃあ、銚子の上に海岸はないの?」と訊かれ、
「あるよ」と答え、
「それ何て言うの?」とまた訊かれ、無言でいると、
「それが九十九里なんだってばぁ!」と言明され、
だんだん自信がなくなってきた頃、
敦っちゃんが、「ちょっと小さい声で話そうか」と言いました。

俺たち、ずい分大人になったなぁ。
ほほほのほ。


で、上野駅まで戻り、そこで敦っちゃんとはお別れです。
彼女は、山手線に乗らなければなりません。
それは改札口からすぐです。
バイバイと手を振ってから、「山手線だよ!」と声をかけ、すぐそこの番線を指さしました。
彼女は「分かった」というように大きくうなずき、手を振って去っていきます。
彼女のかぶっていた白い帽子を目で追うと、・・・
あれれ?ズンズン歩いて行きやがる!

おいおい、「あっ!あっちゃ〜ん!山手線!」と叫んだけど、
時すでに遅し。ズンズンどんどん歩いていかれる。
何の迷いもなく、完全に山手線を通り過ぎて行きました。

そのまま歩いて行っても、つくばには帰れないでしょう。
いいのか?それで。
ま、いいか、もう大人だし・・・俺たち。



翌日、無事帰宅できた敦っちゃんより電話。
銚子の上(北のことよん)は、「大洗海岸」だそうです。
とほほのほ。


>>>9月24日 晴れ<<<

朝晩、涼しくなったというよりも、寒くなってきました。
しかも急速に。
で、夜寝る前に、沖縄のラム酒、(ヘリオス酒造鰍フ黒糖酒、
アルコール度50%でござる、超ウマイでござる)を飲もうと、
お湯割りにして暖まろうかな、と台所へ。

電気をパッと点けると、怪しい黒い影がサササッと走ったのを、 わたしは見逃さなかった。
うううむ。
久しぶりのご対面、ゴキちゃんである。
しかもデカイ。
あれは、チャ何とか、という飛行するタイプである。
以前、熱湯をかけようとしたら、イキナリ飛びやがって、声も出ないぐらい驚いたことがあるので知っている。
貴様のやり口など、先刻お見通しでぃ。

しかし、なのである。
よりにもよって、俺の大事な酒のそばにいやがるのは、どうした理由か?

取りあえず、新聞を丸めて持ってみた。
新聞を握りしめる手に力はみなぎっているが、 今ひとつ、精神に力が入らない。

にらみ合うこと、3分。
わたしの殺気だった視線に恐れ入ったのか、敵はケツを向けて、壁をよじのぼり始めた。 その背中を眺めながら、というより視線をハズせず、しばし一考。
母を起こし、半世紀を超える鍛錬で培った必殺技でしとめてもらうべきか、否か。
しかし時はすでに午前2時を回っている。 無理矢理起こしても、金メダルが取れるとは、とても思えない悪条件下である。
うっかりすると、こちらがスリッパではたかれる危険も伴う。
うううむ。
さらに、眼光鋭くにらみつけ、
意を決し、ドシンと足踏みしてみた。
が、敵に動じた気配はない。けっこうな鈍さである。

今度は、新聞を左手に替えて、ハサミを右手に、チョキチョキ音を立ててみる。
これまた動じない。
壁を上り続けていやがる。

さらに勇気をふりしぼり、持っていた新聞を振ってみた。
すると!おっと、敵がピクッとした!
ピクッとさせたぞっ!
そうか、敵は風に反応するのかっ!

とりあえず、風をもう少し送って、数十センチ向こうに行かせることに成功。
ササッとラム酒のビンを抱え、同じ素早さで元の位置にもどるわたし。
我が身の態度に情けないものを感じるが、それは気のせいである。これも敵をあざむく手段なのである。

で、もう一度風を送ってから、
あれは「こおろぎ」だと思うことにして、 自分の部屋にもどった。

愛も平和も平等も、そこそこ信じているわたしだが、ななかまど家の平和のため、 明日、マツキヨに寄って、「ホウ酸ダンゴ」を購入し、 家中に置くことを固く決意する。
火蓋は切って落とされたのである。
はははははは。

よって、台所を占拠してるキミに告ぐ!
逃げるなら今のうちである。すみやかに出ていけば今なら助かるハズだ。
はははははは。
トォ〜ッ!


>>>9月26日 晴れ<<<

はいはい、買ってきました。
「○○ホイホイ」と「ホウ酸ダンゴ」。
この商品を買うのは、本当に久しぶりです。

さっそく開けて、「ホウ酸ダンゴ」を隅々に設置。
次は「ホイホイ」の組み立てです。
おや?何か、以前と違う感じが・・・・・・
「マットを貼る位置」って何?

箱を振って中身を全部出すと、「足ふきマット」なるシートが
ポロリ。
それには絵までかいてあります。
ゴキちゃんのあげた左足(というの?)がピカッと光っており、
おまけにウィンクまでしてる・・・。

箱の裏の説明によると、「粘着力を弱める油分、水分を足ふきマットがしっかり吸収」ですって。

つまり、アレですね。
水場やら油ベッタリのガス台などを歩いてらっしゃるゴキ様が、 誘引剤の甘〜いかほりに誘われて、ふらふら〜っとホイホイに入ろうとされる。
その玄関に当たるところで、このシートをお踏みあそばして、 そのおみ足を、きゅっきゅっと、ふきふき、されるのね。
でもって、いざ、粘着シートの上へと・・・。

ふ〜む。
どういう大人が、こういうステキなことを考えるんでしょうねぇ。
「敗北」という言葉が浮かぶのは、わたしだけでしょうか。




さて、その翌日。
こわごわ「ホイホイ」を覗いていると、背後より父の声。
「つかまったか、カブト虫?」
って、おい。

ゴキ様が粘着シートにつかまる前に、 父の足が、足ふきマットから粘着シートへと一直線、 靴下ベッタリにするようなイヤな予感がいたしまする。
いと悲し。


>>>9月29日 曇り<<<

「ご近所ロシア生活」を書いてくれている篤美ちゃんが、
友人の結婚式に出席するため、4日間だけ来日!

で、ハルピン時代に出会ったミキちゃん、李さん、そしてわたしがミキちゃん宅に集合!

篤美ちゃんは、ロシアから、黒パン・チーズ・ロシア正教会で祝福を受けたというワイン・ お菓子などをかついで持ってきてくれて、飲めや歌えや、大声、大笑い、赤ん坊の泣声もかき消えるほどのうるささでした。

大変愉快な3時間でした。
いや、ホント。
しかし私たちは、けっこう肝心なことを話さずじまいだったのです。 というか、話せなかった。だって、大人ですもん。
うふふふふ。

実は、篤美ちゃん。
ロシアをたつ直前にパーマをかけてたんですの。
それが、そのぉ、なかなか見事な爆発さ加減でありましてぇ。
ふふふ・・・ふふふふふ。

いえいえ、ロシアのパーマの技術がどうのとか、そ〜んなことを言ってるのではありません。
とっても、マトモなパーマなんですの。
でもスタイルが、日本ではやってる、ナチュラル&カジュアルっていう嘘くさいセットとは、完全に異質で、
何と申しましょうか、一言ではとても表現できない、超豪華セットパーマなんですの。
もう、自然に笑みが浮かんでしまうような・・・うふふ、ぐふぐふ・・・。




数年前、中国に旅行に行った時のことです。
夜、浴衣を着る機会があったので、町のパーマ屋さんへセットしに行きました。
その時、ただのアップをお願いしたんですけど、 何だかコチコチに固められて、パリパリにされて、 確かにアップだったけど、上から吊ってるような、 ちょっと間違うと、アメリカのSFに出てくるようなノリのゴージャス・アップにされちまったのね。

でも、これが中国風のアップなんでしょう。
確かに、この頭でチャイナ・ドレスにハイヒールだったら、 とってもステキそうだったから。

でもわたしがその時着るのは、浴衣にゲタなのよねぇ。
そんな素朴な姿に、超豪華なアップ。
篤美ちゃんには、”ハルピンのチーママ”と言われました。

で、そのひっつめゴージャス頭と浴衣で、一番流行っているというディスコで踊りましたのよ。 フランス人とカナダ人のかわいい男の子と篤美ちゃんとで。
するってぇと、あなた。
夜中には、何とロシアのお姉さま方に囲まれて、一緒に写真を撮ってくれとせがまれ、 もうアイドル状態でしたのよぉ!





というわけで、
外国で頭をセットした経験のあるわたしたちは、
あえて篤美ちゃんの豪華パーマについて、その場では言及しなかったのであります。

しかし、おしゃべりな我らが、これを黙っていられるハズがありません。
その日のうちに、別の友人たちに、せっせとメールで報告し出し、 「え〜っ!見たかった、その頭!」というメールが、 回り回ってわたしのところに届いたりする始末。

中でも、わたしが一番ウケたのは、
『ジレネンコとかボギンスカヤって感じで、ロシアぽかったよね』
というメールです。

しかし、ミキちゃん。
ジレネンコと、ボギンスカヤって誰よ?


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