1995年、20代の学生だった二人、
ジェシー(イーサン・ホーク)と、セリーヌ(ジュリー・デルピー)は、
ユーロトレインの中で出会い、恋に落ち、忘れられない一日を過ごしました。
そして半年後、ウィーンで会う約束をするのですが、再会できないまま、
9年間が過ぎ、別々の人生を歩むことになります。
そして2004年、パリ。
9年前の出来事を小説に書いたジェシーが、ヨーロッパでの出版のため、
パリの本屋でインタビューを受けていると、突然、セリーヌが現れます。
二人の突然の再会から、男がニューヨークに帰るため、
飛行場にたどり着くまでの85分間を、
リアルタイムで追いかけていく、この作品は、
1995年の「恋人までの距離」(ビフォア・サンライズ)の続編で、
恋する気持ち、その心の軌跡を、二人の会話だけで鮮やかにつづっていく、
短編小説のような映画です。
失われた9年間、お互いの生活は、劇的に変わっていました。
男は結婚し、子供が一人いて、ニューヨークに住み、作家として成功しています。
女もまた、ニューヨークの大学(NYU)を卒業し、今はミドリ十字で働き、
世界中を歩き回っています。
もはや彼女は、ソルボンヌのかわいい大学生などではなく、自立し、成熟し、
体験を伴う教養を身につけた、大人の女性になっていました。
彼女に恋人はいるけれども、結婚はしてなく、その恋人も、仕事で海外にいる様子。
二人とも、初めて会った時の、恋する情熱だけで向き合う若者ではなく、
大人としての現実を抱えながら生きている、30代の男と女。
それでも彼らは、どうしても聴いておきたいことがあります。
それは9年前の12月の約束の日、ウィーンに行ったのか?ということ。
そして、再会によって、もう一度よみがえる、恋心の結末はどうなるのか・・・。
大学で知り合った彼女が妊娠し、結婚した男は、
『この4年でセックスは10回以下』と、
あまりうまくいってない結婚生活を語ります。
『妻を愛せないんだ。幸せなのは、息子といる時だけ。
子供とは、離れることは出来ない。
子供の成長を、一瞬たりとも見逃したくないんだ。
けれども、52歳で離婚して、妻を愛していなかったと言うような、
そんな自分になりたくもない・・・』
(そのセリフ、妻が聴いたら傷つくよね。でも妻も、同じことを思っているかも?)
『結婚したくせに、少年の心でパリに現れるなんて、罪よ』と、女。
(これは、男性が聴いたらちょっとうれしいかも?)
この9年間、誰とも深く愛し合えなかった女は、
時に感情を高ぶらせ、正直な気持ちを吐き出しつつ、こう言い放ちます。
『あの夜、心をベッドに置いてきたわ』
(ふ〜む、大人の女の、この手の揺さぶりも、男をハラハラさせるわねぇ)
二人の会話には、政治の話題あり、環境問題あり、家庭の話し、仕事の話し、
そしてさりげなくセックスについても、きちんと語るあたり、さすが30代。
大人の会話です。
でも、彼らの言葉を丁寧に追いかけていくと、
不思議なことに、恋のテクニックをさぐる気持ちなどなくなっていきます。
何しろ、彼らには時間がないのです。
お互いの正直で純粋な気持ちを、今、解き放つしかありません。
しかも、相手の現実を、切ない気持ちで思いやりながら・・・。
この世に、儚く美しい夢を誕生させ、真に幸福な時を共有するために、
こんなにも相手の話に耳を傾け、繊細に反応し、
言葉で、お互いの身体をやさしくなでていくように、心を確かめ合う二人。
それだからこそ、愛は生まれるのかもしれません。
ラスト近く、男は女の部屋で、ニーナ・シモンのCDをかけます。
その音楽に合わせ、女がおどけて、ニーナ・シモンの真似を始めると、
すっかり、おじさんになってしまったイーサン・ホークが、
どんどん少年のような笑顔になって、本当に幸せな表情をちらっと見せます。
その時の男の笑顔に、胸がキュッと、しめつけられました。
あぁ、わたしの男にも、こんな笑顔をさせたい!
恋する女性なら、きっと同じように思うはず。
そのぐらい、恋する男の手放しの笑顔は、ステキなプレゼントなんです。
だって、好きな男には、ただ幸せでいてほしいだけだもの。
映画終了後、レディース・ルームに立ち寄ると、
この日は、何だか雰囲気が違いました。
鏡の前に立つ女性たちの、手早く直す化粧や、髪をなおす手つき、
化粧品をバッグに投げ入れる時の小気味いい音、
最後に、鏡としっかり向き合って出ていくまでの、きびきびとした一連の動作に、
こちらまで心が浮き立つような、はずんだリズムに満ちているのです。
それは、外で彼が待っているんだなと、分かるリズム。
こころしてお待ちなさいね、殿方。
そして二人で、ステキな恋の時間をつくり出せますように。