セクシー・ポーズを取った、エロティックな女性のポスターを、
壁いっぱいに貼り、
さらに新しいヌード・ポスターをあなたに貼らせ、
上だの下だの、もっとまっすぐ貼れだの、怒鳴られたとしたら?
普段から、皮肉と辛らつな言葉で傷つけられている上に、
スーパーに行ってまで、エロビデオを選別しろと命令されたら?
こういうバチ当たりな男、お好きですか?
そんなわけ、ないですよね。
でも、この男、筋ジストロフィーと糖尿病を患い、
すでに車椅子生活を余儀なくされています。
しかも彼には、旺盛な性欲があって、自分でもそれをもてあましている。
その上、身体の自由がきくのは、もうわずかな時間しか残されていない。
だからあなたに、「セックスがしたい。障害のない女性がいい。売春婦しかない。
頼めるのは君だけだ」と、涙ながらに打ち明けられたとしたら?
"え〜っと、今夜のテレビは、これがおもしろそうよ。" とか、
"そんなこと考えてないで、何かおいしいもの食べましょうよ。
何が食べたい?"
わたしなら、目をそらしつつ、さっさと話題を変えしまいそう。
だって、障害者とセックスっていう問題に、どう対処したらいいのか、
まったく分からないもの。
現在公開中の「ナショナル7」は、障害者の性という、
まさにタブー視されてきた問題に、真っ向から取り組んだ映画です。
女性にエロビデオを選ばせる、ふとどき野郎の名前は、ルネ。
そして、娼婦を探してくれと頼まれる、介護人の女性は、ジュリ。
「セックスがしたい」という、ルネのせっぱ詰まった願いを聞いたジュリは、最初、
「恋人をつくったら?」 とさりげなく勧めるのですが、
筋ジストロフィーのルネには、本当に時間がない。
気難しい男ですが、ルネは本来、知性も教養もある男です。
ある女性に目をつけたら、紳士面して近づき、時間をかけて、
恋の駆け引きをした上で、ベッドへとなだれ込んでいくはず。
でも、悲しいかな。身体の自由がきくのも、あとわずか。
だから手っ取り早くすますことのできる、売春婦が必要なのは、
当然の願いです。
そんな彼の孤独な苦しみを解消しようと、決心したジュリは、
『売春斡旋罪に当たるんじゃないのか?』、
と言う同僚の冷たい視線を感じつつも、
一人、メジャー片手に、7号線へと向かいます。
ルネが住む、フランスはトゥーロンの、成人を対象にした身障者用施設のそばには、
国道7号線があり、そこで大勢の娼婦が、トレーラーハウスで商売をしているからです。
メジャーは、彼女たちのお城に、車椅子が入るかどうかのチェックにかかせません。
さすが、プロの介護人!
ルネの願いが、どういう波紋を投げかけるかは、映画をみていただくとして、
わたしも、当初のジュリのように、ぼんやりと思ってました。
障害を持つ人が、当たり前の生活をすることには大賛成のはずなのに、
結婚とか、セックスの問題になると、何だかねぇ、必要ないし、関係ないよね、って。
おいおい、よく考えてみれば、セックスとか、生きていくことそのものに、
障害者も健常者もないじゃないの!
でもその問題を、ちゃんと考えるようになったのは、
数年前、
わたしのごく身近な友人や親戚に、
障害を持つ人が、登場してからなんです。
世の中、障害を持つ人がいることは、わたしだって知っていました。
でも、こんなにたくさん、しかもいろんな種類の障害があることを知りませんでした。
さらに驚いたのは、彼らの扱われ方です。
医療、食事、排泄の問題から始まって、人権の問題、もちろん結婚生活や、
性の問題、死について、全部ひっくるめて、生きるということについてを、
自分のこととして、一緒に考えるようになった時、
基本的な自由や人権が、ほとんど守られていないことに、ショックを
受けました。
施設に隔離されて生きる障害を持つ人たちは、その守られた空間の中ですら、
彼らの幸福の追求よりも、彼らをケアする人々の都合が優先されがちです。
ケアする人だって、精一杯なのでしょうが、
もし、わたしが身体の自由を失い、ここに放り込まれるとしたら、
今まで当たり前に享受し、主張してきた権利を、どう守り抜くつもり?
現実は過酷で、答えは簡単にはみつかりません。
でも、これだけは、はっきり言えます。
どんな状態であれ、生きている限り、
魂をしっかり抱きしめてもらえるような
セックスがしたいと、望むはず。
それは、肉としての性であってもなくても、とにかく、
まっとうな、人と人とのつながり、
関係としての性が、ほしいからです。
その願いを追求するのに、"恥知らずな" とか、"今さら何を" とか、
非難めいた言葉を、誰からも、絶対に言われたくありません。
誰だって、抱きしめられたい。まるごと愛したいし、愛されたい。
この映画の中では、生きていく上で、当たり前の欲求や願望について、
障害を持つ人と、娼婦と、介護人とが、考え出すうちに、
健常者が常識として考え、一方的に障害者に押しつけていることが、
実は、すべての人々を縛りつけ、不自由にしていたのでは?
と、気づき始めるところが、いちばんエキサイティングで、ハッピーなところです。
まだ障害を持っていない者は、自分が思う以上に、
狭い考えや、空間の中に閉じこもり、
自らの手で、自由を放棄しているのかもしれません。
たっぷりの笑いとユーモアで、自分の生き方を、さりげなく問われるこの映画、
見逃したら、絶対に損ですよ!