◆◇◆Save Our Souls 我らが魂を救え!◆◇◆


<<少女の髪どめ>>
〜BARAN〜

バランの髪どめ

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東京都内は、渋谷・シネマライズにて公開中!〜6/13まで!〜
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 「運動靴と赤い金魚」、「太陽は、ぼくの瞳」で、世界中から高い評価を得た、
イランのマジッド・マジディ監督の最新作が届きました。
今回の作品は、若い青年の無償の愛がテーマです。

主人公は、建築現場で働く17歳のイラン人の若者、ラティフ
彼の仕事は、お茶くみなどの雑用で、肉体労働とは無縁の気楽な仕事です。
その現場では、イラン人だけでなく、アフガン難民も無許可で働いており、
それは当然、違法なのですが、現場の親方は、
「安月給で、イラン人よりよく働く」と言って、彼らに同情的です。

ある冬の寒い日、ラティフが買出しから戻ると、 転落事故を起こして足を折った
アフガン難民、ナジャフが、病院に運ばれようとしていました。
それを見たラティフは、「自殺か?」などと軽口をたたいて、親方に叱られます。
まったく、いい年をして、中身は小学生と同じレベルの幼稚な青年なんですね。

翌日、ナジャフの友人が、14歳ぐらいの少年を連れてきて、
働けないナジャフの代わりに、息子を働かせてくれと、親方に頼みに来ました。
息子、ラーマトは、見るからにひ弱そうな美少年ですが、
「しばらくやらせてみよう」と、親方は言ってくれました。

ラーマトは、その小さな身体に、2、30キロはありそうな重い石灰の袋をかつぎ、
階段をヨタヨタ登っていきます。
一方ラティフは、お茶くみという楽な仕事をしているくせに、 ヤル気もないので、
ぬるくてマズイお茶を出し、みんなとすぐにケンカになります。
そこに、ラーマトが階上から石灰を落としてしまい、スッタモンダの末、
ケンカっぱやいラティフを怒った親方は、彼の楽な仕事を取り上げ、
石灰運びに回してしまいます。
そして、新しいお茶くみになったのが、ひ弱なラーマトでした。

楽な仕事を奪われたラティフは、おもしろくありません。
陰でラーマトを叩いたり、イヤがらせをしたりと、怒りを爆発させます。
ところが、ラーマトが用意するお茶や食事は、
ラティフの時とは大違いのおいしさで、男達は大喜び!
口々に「ありがとう」と言い、お茶一杯で、やさしい雰囲気が、
冬の建設現場に、さざ波のように広がっていくのですが、
ラティフにすれば、ますますもって腹立たしく、 いやがらせもエスカレートし、
食器を壊したり、屋上から水をかけたりと、あくまで幼稚な 抵抗を続けるのです。

しかし、そんなある日、炊事場から女の歌声が聞こえたのを不審に思い、
ラティフが台所をそっとのぞくと、そこには長い髪を梳いている少女の姿がありました。
何と、ラーマトは、女の子だったのです!
その事実を知った瞬間、彼は今までにない不思議な感情が、
胸の中で湧き起こるのに気づきます。
そして次第に、彼の幼稚な怒りは静まり、
彼女の秘密を守るために、どんな犠牲もいとわず、 守護天使のように、
彼女を守ろうと必死になり始めます。

そうです。ラティフは、彼女に恋しちゃったんですねぇ。
だからと言って、彼女に触れたり、話をしたりということではなく、
ただただ、彼女の姿を見て、同じ場所にいることを願うだけの、
これまた純朴すぎる、想いなのでした。
子供っぽく、単純な青年であるからこそ、恋をしても、 同じようにストレートで、
時に笑ってしまうほど、かわいらしいシーンが続きます。

しかし、ラティフの想いもむなしく、少女との別れはすぐにやってきました。
国の調査官が、抜き打ちで調査に来て、アフガン難民である彼女が、
捕まりそうになったからです。
それ以降、少女は建築現場には来られなくなりました。
しかたなく、寒空の下、流れの急な川で、石や木材、鉄クズを拾うという、
誰もやらない過酷な仕事を始めるのです。

そんな彼女をこっそり見守りながら、ラティフは涙します。
彼女が幸せでないならば、ラティフもまた、幸せではありません。
この時から、彼は笑顔を失いました。
そして純粋に、ひたむきに、少女とその家族を幸せにするために、
あっちこっちをかけずり回り、考えに考えて、時には自分を犠牲にしてでも、
お金を工面し、彼女の父親に渡そうと陰で動き回るのです。

あの幼稚だったラティフが、何の見返りも求めない、無欲な愛を捧げることで、
初めて、誇りのようなものをもつようになり、
大人の男へと成長していく姿は、 それはそれは、切なくて、
彼のまごころの尊さと豊かさを、 ぜひスクリーンで見ていただきたいのですが、
もう一つ、気をつけて見てほしいものがあります。

それは、この映画の後半に登場する、靴修理を生業とする老人や、
恵みを独り占めにしないで、風のように大いなる力にまかせて生きていく、
誇り高いアフガニスタンの人々の、深く詩的な精神性です。
砂漠の民の思想が、底辺に流れていることで、
この映画のラストに降る春の雨が、
より心に染みる、忘れがたいシーンとなるのでした。

(ラティフが恋した少女の本当の名前は、バランと言い、
 それはペルシャ語で、「雨」という意味だそうです。)

                                             2003.6.5.

                                    −writing by 吉田 妃呂−

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