◆◇◆Save Our Souls 我らが魂を救え!◆◇◆


<<まぼろし>>
〜Sous le Sable (Under the Sand)〜 

まぼろし


東京都内は、渋谷ユーロスペースにて公開中!
フランソワ・オゾン監督公式サイト(英語・仏語)
シネマライズ・サイト

女という生き物の、生理、欲望、情熱、孤独、冷酷さ、そして豊かさを、
静かに映し出す映画です。

その女性を演じるのは、シャーロット・ランプリング
「愛の嵐」、「地獄に堕ちた勇者ども」、「スターダスト・メモリー」などで、
硬質な官能と退廃美で、見る者を沈黙させてしまう存在感を放ち、
深い哀しみや、あふれる愛の情念を、 灰色がかった青い瞳の動きだけで、
一瞬にして演じきってしまう、女優の中の女優です。

大人の女性として憧れてきた彼女も、50代。
その年代の女性を演じる映画に、主役として久しぶりに 出演したのが、
この映画「まぼろし」です。

ストーリーは、とてもシンプル。
マリーとジャンは、結婚して25年。子供はいません。
深く愛し合い、長い年月をかけて、二人の関係を深め合ってきた50代の夫婦。
今年の夏も、いつものように、ヴァカンスを過ごすため、
フランス南西部のランドに、二人でやってきました。
しかし、その海で、夫ジャンが泳ぎに行ったまま、戻らなかったのです。
事故なのか?自殺なのか?遺体もあがらないので、 失踪かもしれない。
突然、一人ぼっちにされた妻マリーは、夫の不在を受け入れられず、
その痛みに耐えるためか、妄想の世界を生き始めます。
季節は変わり、夫の遺体が見つかるのですが、
マリーは、はたして夫の死を受け入れられるのか・・・。


ジャンが生きているようにふるまうマリーを見て、友人らは心配し、
彼女にボーイフレンドとして、ヴァンサンという男を紹介します。
その男との初めてのセックスの時、マリーがふいに笑うシーンが印象的です。
自分の上にある男の身体が、「軽い」と言って笑うのです。

夫ジャンを演じる名優ブリュノ・クレメールは、身体の大きな男でした。
身体の重みを通して、夫との違いに気づいて笑う、マリーの気持。
肌や手の感覚を通して、たえず相手の存在を確認して生きる女性の、
生理的な反応に、ドキッとします。
そして、その笑い方の美しいこと。
夫の死を、否定するところから出た笑いであるにもかかわらず、
ヒステリックでもなく、乾ききってもなく、
美しい花が、ゆっくり枯れ始める時の、はなやかな艶があるのです。

そんなマリーに夢中になり、夫の妄想から現実に 引き戻したいヴァンサンを、
マリーは受け入れることはありません。
初めからそんな気持などないのです。
では、なぜセックスまでするの?と、お思いでしょう。
それが女という生き物だから。
肌や、体温や、視線や、そこにいた人の影を見つめるために、
もう一人の男が必要だっただけ。
そんな残酷さも、残酷だとは感じられないほど、
ファーストフードの店で、地下鉄のベンチで、一人座っているマリーの姿は、
痛々しく、孤独です。

すべてを見抜いているような、青い瞳。
口角のやや下がった、薄くこわれそうな唇と、目の下の皺。
背筋の伸びた、美しい骨格が見えるような肢体。
その気品のあるたたずまい。
彼女の精神にも肉体にも、50代の女性の美しさしさが息づいているのに、
ただ愛する男がいない。
そしてマリーは、とうとう辛い疑問を口にします。
『彼はわたしといて、幸せだったのかしら?』 と。

再びマリーは、海にやってきます。
季節はすでに冬。
誰もいない、冷たい浜辺に一人すわり、
ゆっくりと砂の中に、シミが少しだけ浮き始めた手を入れ、 砂をつかみます。
そこで彼女は、初めて涙を流すのです。

その砂浜から立ち上がる時、 急にふけたシャーロットの顔に浮かぶ、
少女のように弱く、無防備な表情に、心がざわめきます。
歳月がこの女優に与えた、心の領域の奥深さと、
彼女が演じるマリーとの間で、立ち現れる、
一人の女の気配が、耐え難いほど悲しく、胸をうちます。

自分の命を枯らしながら、一つの終わりを 自分の魂の中に引き受ける時、
こんなにも濃密で、豊かな存在が流れるとは。
劇場内が明るくなっても、しばらく席を立つことができませんでした。

                                        −writing by 吉田 妃呂−

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