この映画の最初の15分で、まず気づくのが、
カメラの置かれた位置からくる、緊張感と不安感です。
ほとんどのショットが、主人公の一人、中年男性オリヴィエの肩越しからのもので、
スクリーンを眺めている者は、彼の首筋を常に視野に入れつつ、
彼の視線で、世界を眺めることを強要されます。
何しろ、最初のショットからが、尋常ではありません。
オリヴィエは、職業訓練所で大工仕事を教えている教師なのですが、
彼の所に、16歳の少年、フランシスが入所してきます。
フランシスの姿を見たオリヴィエは、一瞬驚愕の表情を浮かべ、
すぐに、手一杯だからと断ります。
しかし、突然、ダダダッと走り出して、少年の姿を追いかけ回したかと思うと、
先ほどの発言を撤回し、少年を自分のクラスに受け入れるのです。
彼の視線の向こうに映る少年は、やせっぽちで、頼りなく、
孤独の影が色濃い以外は、
どこにでもいる少年の一人に見えます。
けれども、オリヴィエは、強迫観念にかられたように、
この少年から、一時も視線をそらすことができません。
まるで、強大なパワーを持つモンスターにでも、取り憑かれたかのように、
彼の姿を執拗に追い求め、ロッカーを探り、彼の部屋に立ち入るまでになります。
オリヴィエの禿げかけた後頭部と、中年特有のたるんだ首筋を眺めていると、
ストーカーにでもなったような気がするほどです。
これと言った大きな事件もなく、
ストーカー的な行為や、視線の中で、
次第に、この二人の関係と、真実が分かってきます。
なぜ、オリヴィエが離婚したのか、
なぜ、彼が、やせっぽちの少年を、それほどまでに恐れ続けるのかを。
そこに至った、衝撃的な事実を知る過程で、もう一つ、気づくことがあります。
それは、視線をなげかける者は、
逆に視線にさらされる者になりうる、ということです。
フト気づいてみると、少年フランシスが、
オリヴィエに、尊敬のまなざしを向けているのです。
パンを購入した店の外で、フランシスが教師であるオリヴィエに、
長さを測る感覚について、質問するシーンがあります。
そして尋ねます。
『その敷石から車まで、どのぐらい?』と。
オリヴィエが、目測で、『3m51cm』と答えると、
少年はポケットからメジャーを取り出し、計ります。
そして、ほとんど一致しているのを知ると、『すごいですね!』と、
無邪気に感嘆の声をあげるのですが、
その時の、オリヴィエの見返す視線の冷たさと、
底にある、怯えのような感情に触れたとたん、
イラ立ちや不安感が、暴力的にふくらむのを感じ、
目をそらして、逃げ出したくなってきます。
フランシスが成長する過程で、生きていくのに必要な指針を持ち、
指導や援助をしてくれる大人が、たった一人でもいたのなら、
少年は、今、作業場にいることはなかったのでしょう。
けれども人生をやり直すために、
少年は、目の前の教師にその姿を求め、
その教師に認められることで、生き続ける力を再構築する必要が
あるのです。
しかしオリヴィエに、
少年の存在を丸ごと受け入れる力は、あるのでしょうか?
そしてラスト10分。
息を詰めて眺めていた静かな緊張感が、一気に壊れ、事態は急変します。
そしてオリヴィエの取った行動とは・・・?
この映画に描かれているのは、癒しでもなければ、許しでもありません。
理不尽な運命を、ただ受けとめること、
そして憎しみと怒り、深い絶望と悲しみの果てに、
それでもなお、人間らしく生きることの意味を、突きつけられて、
深く考えさせられると同時に、自分の心の弱さに打ちのめされるのでした。