2年前のことです。
わたしの親友の4歳の息子が、突然、病気にかかり、一命はとりとめたものの、
障害児になるという大事件が、起こりました。
その時以来ずっと、彼らと一緒に行動を共にしてきたわたしは、
生まれて初めて、身体障害者専門のケアセンターや、病院、
また、家族の集まりなどに、
友人の家族と一緒に、参加するようになりました。
そこで、一番最初に感じたことは、「こんなにたくさんの障害者がいるなんて!」、
という、素朴な驚きだったのです。
そんな失礼な感想を抱くほど、わたしの日常生活の中に、
障害を持つ方との関わりは、まったくありませんでした。
障害が身近になった暮らしの中で、少しずつ知っていったことですが、
障害にも、いろんな程度や種類があること、治療方法も様々あること、
また、それぞれの家庭に固有の事情があること、
さらに、本人だけでなく、両親の考え方もいろいろであることなど、・・・
考えてみれば当然なのですが、施設内で起こる事は、
施設の外の世界と、まったく同じ多様さであるにもかかわらず、
やはりその場所は、障害者が隔離されている場所、という感じを否めませんでした。
やがて友人の子供も、医療による治療を終え、家に帰ることが出来、
さぁ、普通の子供のように、社会生活を始めようとした時、
次に驚いたのが、世間の目でした。
大人のほとんどが、友人やわたしと話をしても、子供のことを一切
見ないようにするんです。
たぶん、とても気をつかっているのでしょうが、あまりに不自然な態度ですよね。
その一方、電車や街中で、非常に不躾な視線を投げかける人もいるのです。
そんな中、とても心を動かされたのは、同じ年頃の子供たちの反応でした。
普通の子供とどこか違う男の子を発見するなり、
子供たちは、静かに近づいてきて、
「なんで手が動かないの?」とか、「お話が出来ないの?」
といった具合に、ごく普通に話しかけてきて、
彼と当たり前のように関わろうとするのです。
そこには、見なかったことにする残酷さや、冷酷さは、微塵もありません。
そう、わたし達にとって、本当に必要な関係は、偏見があってもいいし、
最初は怖々でもいいから、ごくごく普通につきあえる、関わりそのものだったのです。
あれから2年が経ち、今では、しっかり地域に溶け込んでいますが、
最初の頃の不安感や、孤独感、閉塞感には、いたたまれないものがありました。
そんな経験があるせいか、今回ご紹介する韓国映画「オアシス」を見た時、
主人公の二人の孤独感と、誰かとごく普通に、心を通わせたいという気持ちの切実さに、
まず、胸をうたれました。
映画の主人公の一人は、刑務所を出たばかりの男、ジョンドゥ。
彼は、いささか常識からはずれるところがあり、前科3犯でもあるため、
一家の鼻つまみ者なのですが、実は心のやさしい青年です。
そんな彼が、出会うのが、重度の脳性麻痺の女性、コンジュ。
障害のために、顔も身体もゆがめた状態の彼女もまた、兄夫婦からは
厄介者扱いされ、
古い2Kのアパートに、一人置き去りにされます。
世間だけでなく、家族からも理解されず、疎外されて生きる彼らが出会い、
互いを"姫様"、"将軍"と呼び合い、ゆっくり心を通わせていく過程には、
愛という形のぎこちなさ、切なさ、やさしさがあふれ、心を満たしてくれます。
そして彼らの愛情が、子供のように無邪気であるからこそ、
彼らが思い描く幻想の世界は美しく、嘘やユーモアは、心の底からおかしく、
キレイ事ではすまされない現実に対しての悲しみや怒りには、
胸を深くえぐられるのでした。
監督は、『ペパーミント・キャンディー』のイ・チャンドン。
切なく、心に痛い愛の物語を、静かに見つめる視線の中に、
たとえ無茶であったとしても、関わることの尊さがあふれていて、
いつまでも、忘れられない作品となりました。