この映画は、第二次世界大戦下のチェコで、
ある善良なチェコ人夫婦が、ユダヤ人青年をかくまう物語です。
そして、原題の意味は、「私たちは共に助けあわねば」
だということをお伝えしたら、こんな風に誤解される方もいらっしゃるでしょう。
<悪魔のようなナチに、善良な人々が一致協力して闘いを挑んだ、
美しくも哀しい、人間愛にあふれた映画なのね> と。
でも、この世界が、美しく、愛に満ちた場所ではないように、
このお話も、そんなに単純な映画ではありません。
主人公は、チェコ人の善良な夫婦、ヨゼフとマリエ。
ヨゼフは、あるユダヤ人の経営する会社で働き、美しく聡明な妻と、
静かな暮らしを営む平凡な男。
唯一、気がかりなのは、二人の間に、なかなか子供が授からないということだけです。
そんな彼らの暮らしに、ナチズムが忍び寄ってくるのが、1937年あたりから。
でもまだその頃は、「ドイツびいきな奴めっ!」 なんて戯れ言も言えましたが、
翌年には、社長であるユダヤ人一家の邸宅が、ナチス・ドイツに没収され、
その2年後には、ユダヤ人にはすべてユダヤの星がつけられるようになり、
社長たち一家も、テレジン・ゲットーへと移送されることになります。
さらに、その2年後、社長の息子ダヴィドがゲットーを抜け出し、
げっそり痩せて、ヨゼフの住む町に戻ってきたことで、
ヨゼフとマリエの運命の振り子が、大きく揺れることになります。
ヨゼフの家の向かいに住む、7人の子を持つ男は、戦後レジスタンスに身を投じますが、
この時点では、平気で「ユダヤ人がいるぞっ!」 と叫び、
戦前は仲よく付き合っていたダヴィドを、ナチスに引き渡そうとします。
しかしヨゼフには、どうしても彼を売ることはできません。
仕方なく、そっと逃がそうとするのですが、運悪くドイツ兵に見つかりそうになり、
家の隠し部屋でかくまうことにします。
一度かくまうとなれば、徹底的に隠し通さなければなりません。
もし密告されたり、ドイツ兵に見つかったりしたら、
美しい妻も道連れに、
全員が殺されるに違いないからです。
この命がけの決断は、確かに良心からの発露だとは思いますが、
行きがかり上というか、一時の情にほだされた、
というのが、本音のように思います。
何しろ、ダヴィドをかくまってからのヨゼフは、ダヴィドを厄介者扱いし、
いつまでもグチグチと、妻に我が身の不運を嘆いて、呆れさせるのですから。
さてこの夫妻には、ナチス信奉者であるホルストという友人がいます。
彼はお調子者で、世渡りの手段として、
ナチスの手先となって働いています。
そのホルストは、ヨゼフの妻マリエに横恋慕しているので、
呼んでもいないのに、ちょくちょくヨゼフの家に立ち寄り、
小心者のヨゼフとその妻、そしてダヴィドの心臓を凍りつかせます。
ヨゼフは、ホルストの目をそらすため、彼の薦めに従って、ドイツ兵ケプケの下で、
ユダヤ人の財産を没収するという、最低の仕事を始め、
隣近所のチェコ人達からも、軽蔑されるようになります。
しかし、ヨゼフ、マリエ、ダヴィドと、みんなで生き残るには、
唾棄されるような道を、選択するより他にないのです。
ところが、マリエに恋こがれる、ブタ野郎のホルストは、
二人が何やら隠し事をしていることを嗅ぎ取り、それをエサに、
マリエを自分のものにしようと迫るのですが、
貞淑なマリエに、逆にタマを蹴り上げられてしまうので、さぁ大変!
あろうことか、ドイツ兵ケプカを、ヨゼフの家で面倒をみるようにと、
ブタ野郎は、さらに姑息なことをし向けてくるのであります。
ヨゼフ、絶体絶命!
何のアイディアも浮かばないヨゼフの横で、マリエがとっさに大嘘をつきます。
「わたし、妊娠しているの!」
その場にいた全員が驚き、そういうことならと、最悪の事態は避けられましたが、
一番、驚愕したのは、ヨゼフです。
だって、彼はその日、検査によって、無精子性であることが判明するからです。
なのにブタ野郎は、診断書を見せろと、迫ってくるではありませんかっ!
どうするんだ、ヨゼフ?!
追いつめられた二人は、とにかくマリエの嘘を真実にするため、
ある苦渋の選択をします。
そして、めでたく妊娠!!! (・・・・・・???)
しばらくして、やっと、つらく長い戦争は終わるけれど、
ドイツが負けたということは、今度は、その側についた人間が、
徹底的に糾弾されることを意味します。
再び、ヨゼフ危うし!
ユダヤ人をかくまった英雄、ナチスに荷担した裏切り者、
自分に危害が及ばなくなってから、レジスタンスに走る者、
意外に弱い人間だったドイツ兵、次の支配者であるロシア兵。
これら狂騒の人間模様と、運命が絡みあう極限の状況で、
それぞれの立場の人間が、「生き残る」という一点だけを核に、
ある一致を、瞬時に見出していく場面が、
ハラハラ、ドキドキ、本当に感動的です。
しかも、それを「泣き笑い」 という最高の味付けをして、見せてくれる
ところなんか、
このフジェベイク監督、若いのに、なかなかやるなぁ、とうなるはずです。
この世界に、100%の善人もいなければ、100%の悪人もいません。
ただ、生き抜くために、その時に応じて、嘘をついたり、薄汚いことをしたり、
理性的になったり、その理性があるゆえに、獣になったりもします。
けれども、そんな人間の愚かしさ、弱さ、かっこ悪さの奥に、
人間存在の豊かさ、寛容、良心、尊厳が、ちゃんとあるのだということを、
1967年生まれのこの監督は、信じているに違いありません。
回りを大国に囲まれ、常にその脅威にさらされ続けたチェコならではの、
ギリギリのところで身につけた、ユーモアという、人類最高の知恵が、
やがて赤ん坊という、輝かしい未来につながるのだということを、
ぜひ、その目で、確認してください。