映画館の明かりが落ちると、強い風の音がして、
スクリーンには、ただクレジットのみが映し出されてました。
「四頭はトラックに!」という声が聞こえると、映像が始まります。
画面いっぱいに広がるのは、激しい雪と風。
冬は厳しいんだろうなぁ、このシーンは、牛を飼っている農家へと続くのかしら?
と思っていると、突然、カメラは、まだ誰も来ていない教室の中を撮し出します。
椅子はすべて、机の上に逆さになって上げられています。
そうそう、私が小学校の頃も、お掃除をする時はこうしてたっけ。
すると画面の右端から、何かがのっそりやって来ました。
カメです。
ゆっくり、ゆっくり、そのカメが左端へと消えていくのを、
息を潜めて見つめていると、右端からまた、もう一匹がのっそりと・・・。
会場内に、小さなクスリ笑いが広がる、この冒頭のシーンは、
「ぼくの好きな先生」という映画のすべてを、語っているような気がします。
撮影場所は、フランス中部、オーベルニュ地方にある小学校で、
ここに通う生徒は、3歳〜11歳の13人の子供たち。
年齢の離れた子供たちを教え、クラスをまとめあげる先生は、
教師生活35年のベテラン教師、ロペス先生。
この映画は、13人の生徒と、引退間近の先生の教室を、
ゆっくりのんびり、静かに撮し取ったドキュメンタリー映画です。
最初は、小さな子供たちの愛らしさや、ほのぼのとした教室風景に、
心を奪われているだけでしたが、
だんだんと分かってくることがありました。
この地域は、ほとんどの住人が酪農で生計を立てているので、
子供たちも、小さな頃から手伝いをし、早く大人になって、
生計を支えることを期待されて育っている、ということです。
10歳ぐらいになると、一人前にトラクターを運転し、
母親の代わりに朝御飯をつくり、妹や弟たちの世話をします。
そうした環境の中で、うまく勉強に集中できない子、
自分の思いが伝わらないと、すぐに手を出してしまいケンカをする子、
母親に心を開かず、一言も話をしない子、親が病気の子・・・などなど、
子供たち一人一人にある、それぞれの家庭の事情や問題が、
楽しい教室の向こうから、うっすらと浮かび上がってくるのです。
ロペス先生もまた、農家の出身なので、親の気持ちだけでなく、
生徒の現在と将来についても、よく理解し、受けとめています。
だからこそ、この教室は、生徒たちに、決して大人になることを要求はしません。
みんなでクレープをつくったり、雪遊びをしたり、
子供が、子供らしくいられる場所として、開かれているのです。
その一方、上の学校に進学できるだけの学力もつけなければならないし、
人として守らなければならない大切なことを、
一つ一つ、辛抱強く教え込んでもいかなければなりません。
たった13人の生徒ですが、ロペス先生に与えられた責任の重さと、
仕事の大変さは、はかりしれないのです。
けれども驚いたことに、ロペス先生は、一度も大きな声を出しませんでした。
忍耐強く、静かに話しかけ、生徒がこの小さなクラスでなすべきこと、
自分の勉強に集中すること、友達といい関係を築いていくことを、
それこそカメの歩みのように、ゆっくり、ゆっくり、教え、
彼らの成長を、またゆっくり、ゆっくり、待ち続けるのです。
それぞれの子供たちに寄り添いながら、
成長を見守るロペス先生を、
子供たちは敬愛しています。
それは、子供が先生を見上げるまなざしの中に宿っています。
そして、威厳ある先生の元で、
ゆっくり、けれども確実な成長をみせる
子供たちを間近にして、
ロペス先生もまた、心が満たされていることを、
子供を見守るまなざしに感じます。
そのまなざしを見ているだけで、
人が成長することの困難さと、すばらしさ、
そして、『学ぶ』ということの尊さに胸をうたれ、
かけがえのない時を過ごしている、13人の生徒と一緒に、
いつまでも、いつまでも、あの教室にいたいと思うのでした。