『オール・アバウト・マイ・マザー』で、女性としての、母としての愛の形を
存分に描いた、スペインのペドロ・アルモドバル監督、3年ぶりの作品です。
実は、私はすでに、この映画を試写で、5ヶ月も前にみました。
そして、ロードショーが始まっても、
一体、この映画をどんな風に捉えたらいいのか、
自分の受けた感情を、どんな言葉で着地させたらいいのか、
まったく分からずに、今日まで考え続けてしまいました。
この映画の主人公の一人、ベニグノは、15年間家に閉じこもり、
母親の世話だけをしてきた男です。
その母親の死後、自分の部屋の前にある、バレエ・スタジオで踊る、
美しい女性、アリシアに恋をします。
ベニグノは、財布を落とした彼女に、初めて声をかけるのですが、
しばらくして、彼女は交通事故に遭い、昏睡状態となってしまうのでした。
それからのベニグノは、看護士として、4年間、
眠り続ける彼女の髪や爪の手入れをし、
体を拭き、クリームを塗り、服を替え、生理の始末まで、
身の回りのことすべてを、献身的にケアするだけでなく、
日々の出来事や、
感動的な舞台や映画について、一日中たえず語りかけるのです。
一方、女闘牛士であるリディアという、りりしく美しい女性もまた、
競技中の事故によって昏睡状態となり、アリシアと同じ病院に入院してきました。
ところが、彼女の恋人であるマルコは、ベニグノとは対照的に、
恋人の突然の事故に困惑し、彼女に触れることもできず、
ベッドの傍らで泣き、ふさぎ込む日々を送っていました。
そんな男二人が、病院で出会い、互いの境遇を語り合い、
いつしか深い友情が生まれていくのですが、
ベニグノの盲目的な愛は、誰も予想しなかった悲劇と奇跡を招き、
それぞれの運命を、大きく変えていくことになります・・・。
愛する人が、ある日突然、昏睡状態に陥ってしまう。
そこに横たわる人は、生きてはいるけれども、
自分が知っていたはずの人とは、
何かが、完全に違ってしまったようで、
手の届かない世界で眠っている。
その眠り続ける女性との間にある、愛と孤独、生と死、そして絶望、
かなえられることのない、コミュニケーションへの欲望、
さらに、彼女のすべてを知り尽くす喜びと、生身の女である肉体への欲望。
それら男の愛情を、エログロや、好奇のまなざしではなく、
穏和で、繊細に、そして時にユーモアを交えながら、
切り取られていく映像をみていると、
倫理観も超えて、思わずこの愛のあり方を受け入れてしまいそうになり、
自分でも驚いてしまったのでした。
そしてこの愛が、ストーカーの偏愛と、どこらへんで異なるのか、
また、もし違いがあるとしたら、その境界はどこにあるのか、などなど、
悩み続けることになったのです。
この作品の最初には、ドイツが世界に誇る舞踏家&振付家、
ピナ・バウシュの『カフェ・ミュラー』の舞台が登場し、
また、ブラジルのトップ・ミュージシャン、カエターノ・ヴェローゾの、
胸をかきむしりたくなるほどの、優美で切ない歌も聴くことができます。
さらに、劇中劇、『縮みゆく恋人』のモノクロ映画も挿入されることで、
この世が、天国でも地獄でもなく、残酷で、おかしくって、繊細さにあふれる、
偉大なる混沌であることを、少し離れた角度から伝え、
愛の世界を、より拡げてくれています。
ベニグノのような愛され方をされ、奇跡を起こしてほしいかと問われれば、
わたしの答えは、完全に "ノー" ですが、
この作品が、今年の映画のベスト5に入ることには、
大きな声で、"イエス" と言います。
ぜひ、ご自分の目でみて、心のざわめきや、波紋を見つめてください。