ちょっとの間、俳優になったと想像してみてください。
与えられた役柄は、70歳の老人。
脳内出血のため、アルツハイマー型痴呆症になり、
動くことも、話すこともできない、寝たきりの状態です。
視覚的な表現として許されているのは、まぶたと瞳を動かすことだけ。
後は、ナレーションだけが演技のすべてだとしたら、
あなたはこの役、引き受けられます?
役者として、この過酷な条件に挑戦したのは、
フランスを代表する名優、ミシェル・セローです。
(『Mr.レディ Mr.マダム』シリーズ、『クリクリのいた夏』などに出演)
ストーリーの展開とともに、彼の表情が、固く心を閉ざした頑固老人から、
慈愛と祈りに満ちた顔へと、微妙に変化していく様子には、
さすがっ!と、うなってしまうほどの、すばらしさでした。
そんな大ベテランの相棒は、新人の少年、ジョナサン・ドゥマルジェ。
彼の役柄は、元気ハツラツ!生きること、楽しむことで頭が一杯の
10歳の少年。
でも、彼は小児白血病を患っており、彼の世界もまた、老人と同じく、
病院の中だけがすべてなのです。
老人の名前は、ベラン。
元情報局に勤めていた彼は、明晰な頭脳の持ち主だったようで、
心の中でだけ発せられる彼の周囲への批評は、
非常に辛辣で、皮肉たっぷりです。
しかし、病気によって、記憶をどんどん失っていく恐怖からは逃れようもなく、
自分の名前、妻の名前を、毎日、毎日、繰り返し確かめ、
年老いた妻の顔を眺めては、彼女の苦労を取り除くためにも、
早く死ねばいいんだと、自分すらも客観視するよう、しむけている毎日です。
そんなベランを、身動きできないからこそ、
「スーパーマンみたいにかっこいい!」(?)と、無邪気におもしろがり、
しかも、元スパイだという勘違いも手伝って、
コミック・ヒーローのように憧れ、
毎日、病室に押しかけてくる少年が、マーティです。
彼の名前は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公にちなんで、呼ばれており、
主人公と同じように、元気でチャーミングな男の子。
病気に冒されてはいるものの、病院中を駆け回り、スタッフを困らせてばかり。
ベロンの病室に、こっそり忍び込んでは、ベロンの腕を吊って、
スタッフを驚かせたり、
サングラスをかけたり、
妙な骸骨の人形で飾りたてたり、
サッカーの試合に連れ出して、不動のキーパー(?)として起用したりと、
ベランが動けないのをいいことに、あらん限りの悪さをしまくります。
70歳の老人と、たった10歳の少年。
一人は動けないし、話しもできない。
もう一人は、リスのように、一日中駆け回らずにはいられず、しかもおしゃべり。
何の接点もない二人に共通するのは、ただ一つ。
それぞれが喪失を恐れている、ということ。
老人は、過去を。
子供は、未来を。
心を通わすことは、たぶんないだろうと思われる状況で、二人は出会い、
まぶたと瞳の動きで、次第に会話ができるようになります。
すると次第に、彼らの心は同じリズムで揺れ始め、いつの間にか、
互いの中に、失っていく過去や未来、夢や希望を見いだすようになるのです。
しかし、二人の現実を、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のように、
変えることはできません。
けれども、このストーリーは、お涙ちょうだいの闘病物語なんかじゃありません!
リュック・ベッソンに見いだされたという、新人監督、ドニ・バルディオの
抑制のきいたタッチと、ユーモアのセンスもさることながら、
病院内に登場する脇役が、一人一人、ていねいに、愉快に描かれていることで、
二人の人生が寄り添っていく過程が、
ごく自然に、心地よく伝わってくるのです。
それは、窓を開け放した時に、さぁーっと入ってくる、爽やかな風のように、
みている者の心を、軽くやさしくしてくれます。
ラスト近く、かけがえのない相手を、ただ幸せにしたいと願う二人の間の、
ちょうど真ん中あたりに、
あふれるほど切ない愛情が、言葉もなく、
静かにそこにあるのを感じるはずです。
人はこんなにも、哀しくいとおしい。
だからこそ、生きていることはすばらしい。
原題-LE MONDE DE MARTY-は、「マルタンの世界」。
この映画は、10歳の少年の輝きと、ベテランの俳優がつくりあげた、
言葉のいらない、音楽のような素敵な映画です。